M-Times 2019.9

「自計化」ってほんまに必要? 2019.9

 松田進税理士事務所の荒木です。今回も前回に続いて仕事として普段やっていることを書きます。松田事務所の特徴の一つとして、「月次巡回監査」のほかに、お客さんが「自計化」(これも小難しい言葉ですが)できるよう手助けをするというものがあります。これはどういうことかと言いますと、お客さんが、領収書や請求書などの書類をもとにパソコンを使って、自社で会計ソフトに必要なデータを入力し、財務状況を把握することをいいます。お客さんからしたら、領収書や請求書(又は振替伝票や入出金伝票等)をドサッと税理士事務所に渡して会計ソフトに入力してもらい、試算表等の帳表を毎月受け取るようにした方が楽チンでいいやってなるかもしれませんが、松田事務所はお客さんに「自計化」を求めています。

 では、どうして「自計化」が必要なのでしょうか。その理由としては、


  1. 会社法第432条の『株式会社は・・・適時に、正確な会計帳簿を作成しなければならない。』を順守でき、また、適時に記帳することによって、税務署や金融機関等に対する証拠能力を高めることができる。
  2. 現在の経営状態や業績をタイムリーに把握することができ、問題が生じている場合には的確なタイミングでその対策を行うことができる。


などなどありますが、どれも「まぁ、そう言われればそうやけど・・・別に絶対必要かって言われたらそうでもないような・・・」って感じで僕自身いまいちしっくりきていませんでした。

 そんな時に、鷲田清一・元京都市立芸術大学学長の平成29年度入学式の式辞の内容を目にする機会があり、そこで「なるほど!!!」と目からぽろぽろウロコが落ちました。その抜粋部分がこれです↓↓↓

・・・「『豊かな社会』の行く末には『成熟した社会』が待っているはずでしたが、実際には〈貧困〉や〈格差〉など、20世紀には想像もしえなかった語が飛び交う社会に、21世紀に入り私達は直面することになりました。これは政治や経済の複雑な事情が絡む事柄で、そのあまりの複雑さに私達は茫然とせざるをえないところがありますが、他方で一つ、明確になったことがあります。それは確認するのも悲しいことですが、私達が市民としての力をひどく損なってきたという事実です。
 ひとは生きものとして生きるため、生き延びるために、どうしてもしなければならないことがあります。食材を確保すること、食べた後の排泄物を処理すること、新しく生まれる子供を取り上げること、育てること、病に苦しむ人を癒すこと、老いゆく人を世話すること、死にゆく人を看取ること、もめ事を仲裁すること、災害に備えること、などなどです。これにはそれぞれ技というものがあって、それを身に付けないと生きてゆけない。そういう技が人類の長い歴史の中で、世代から世代へと伝えられてきました。
 20世紀の人類社会は、そのプロフェッショナルを養成し、そういう『いのちの世話』を彼らに委託することで、それらの技をより確実なものにしようとしました。出産や医療や看取りは医師に任せ、介護も専門スタッフに任せ、もめ事の仲裁は役所や弁護士に任せ、災害の備えは自治体や消防署に任せ、という風にです。人びとはこのように社会の様々なシステムに依存するかたちで、『便利』と『快適』を手に入れてきたのです。
 そのことで『安心』は得られましたが、そこには一つ、落とし穴がありました。生き延びるために誰もが身に付けなければならない事をシステムに委託することで、私達自身は自分の手でそれをなす力をどんどん失っていったのです。その事を嫌という程思い知らしめたのが、あの東北での大震災と原発事故でした。災害や事故で社会の基盤が崩れた時、自分で水や食材を調達することができない、火もおこせない、応急処置や看護もできない……そういう無力を知らされたのでした。『いのちの世話』という、誰もが日々なさねばならないことを、税金やサービス料を払って社会のシステムに委託することを幾世代かに渡り繰り返しているうち、自らそれを担う能力をすっかり失ってしまっていたのです。」・・・

 そう、「自計化」が必要な理由というのは、証拠能力を高めるとか、業績の把握をタイムリーに行うためとかそういうことではなく、もっと根本的なとこ、つまりは、会社が「生き延びるために必要な力」を身に付けておくためというとこにあったのだ!と考えるとその必要性が妙にしっくりきます。

 外部の者に頼らないと自社が今どんな財務状況にあるかが分からない、ということは、会社に万が一の事があった時に「生き延びるために必要な力」を損なっている状態と言えるのではないでしょうか。

 失くしたものや損なったものというのは、それが必要になる時までその大切さには気付きにくいものかもしれません。でも、気付いた時には遅かったという事を少しでもなくしておくことは会社経営の基礎中の基礎と言える気がします。