行雲流水(所長の雑感)

当事務所は、関与先の皆様への情報発信として、1993年より毎月「The Midorikai Times」というペーパーを発行しています。
その中の、所長が思いつくままに体験や感想などを綴った記事を「行雲流水(所長の雑感)」としてこちらへ掲載してまいります。

※ 掲載記事はあくまでも個人的主観による記事であり、当事務所のお客様へ向けた内容となっております。ご了承ください。

vol.303「函館ツアー(新島襄の足跡を訪ねて №2」2018.11

(今回も同志社と新島襄に関心のない方はスルーしてください)
 同志社会計人会という集まりがあります。会長を2年交代で税理士、公認会計士が努めています。去年からの高橋会長の発案で、新島の足跡を訪ねようと、去年は生誕地東京、終焉の土地大磯、実家の安中を訪ねました。そして今年は出国の地、函館というわけです。新島は1864年6月14日アメリカ船ベルリン号で上海へ、その後おなじくアメリカ船ワイルドローバ号で香港、マニラ、ケープタウンを経て1865年7月ボストンに到着します。来年以降「新島襄の足跡を訪ねて」はどこを訪ねるのでしょうか。新会長の胸三寸や如何に。


 9月14日午後3時にホテルラビスタ函館ベイ、ロビーに集合。会長、副会長はじめ、今回の案内役百合野先生と東京から松本先生など20名ほどのメンバーの顔が見えます。先発の百合野先生によると、9月6日の地震の後停電が続いていたようなのですが、ようやく回復しつつあるようです。この日の夕方、函館山からの函館の町の灯はきれいに見えていました。さて坂の町、函館の健脚向き2時間のウォーキング・ツアーの出発です。


 まず「新島襄海外渡航の地」の碑。碑の説明文の中に「男児志を決して千里を馳す 自ら辛苦をなめてあに家を思わんや 却つて笑う春風雨を吹くの夜 枕頭なお夢む故園の花」の漢詩に感激。出国(1864年6月14日)の翌年、香港での作だそうです。ホテルからほんの数分の岸壁にありました。すぐ近くにある小舟に乗りこんで外国船に向かう姿を再現したブロンズ像は港の改修中で白布をかぶっていました。


 坂道を上った中腹に「諸術調所跡」の看板。説明文には、「函館奉行所の教育、研究施設。教授は五稜郭の設計で有名な武田斐三郎で蘭学はもとより測量、航海、造船、砲術、化学などをおしえた。新島が函館に来たのも諸術調所へ入るためで、新島が出国したのも武田がすでに江戸の江戸開成所(東大の前身)に転出していたため、とも言われている。」と書かれていました。


 あちこち歩いてかなりお疲れが来たころ、ようやくハリストス正教会に着きました。ハリストス正教会は新島が武田不在のため、司祭ニコライの日本語教師を務めながら、ここに滞在していたそうです。この聖堂は日本ハリストス正教会の発祥の地にあること、1983年には国の重要文化財の指定を受けていること、また大小六個の鐘の音が高い評価を得て1996年環境庁から「日本の音風景百選」に認定されていることなどの説明文がありました。心地よい鐘の音に送られてここを離れました。


 翌朝、津軽海峡を渡り、本州最北端マグロの町、大間を経て、風間浦村の「新島襄寄港記念碑」を訪問。碑文によると安中藩の洋式帆船、快風丸で函館を目指した新島は強い北風と海流を避けるため、この村の下風呂港に寄港し下風呂温泉に2日間滞在したことが、航海中の日記「函館紀行」に書かれているそうです。午後遅く再び津軽海峡を渡り、明治維新最後の函館戦争の舞台、五稜郭を訪れ五稜郭タワーに上り、土方歳三の銅像に対面し、今年のツアーは終了しました。


 ここまで書いてきてふと気がついたことがあります。今まで新島の出国は、硬い意志の元、既定の事実として函館が選ばれ、虎視眈々と機会を伺い決行されたものと、思いこんでいましたが、ちょっと違うような気がしてきました。いくら何でも藩の洋式帆船、快風丸を新島の出国の手段として使えるはずはありません。


 想像を交えてストーリーを書けば。安中藩のなにかの事情で快風丸の函館行きが決まりました。新島はかねてから関心のあった諸術調所に学ぶべく、この機会を利用しようとしましたが、武田不在でこれは果たせませんでした。ニコライの日本語教授の口実で滞在しながら、西洋事情をさぐるうち、福士成豊に出会います。福士は当時造船技術を学ぶため英語に堪能で西洋事情にも詳しかったようです。新島のアメリカ行きへの希望に協力的で新島のため小舟を借りるなど積極的に協力したようです。函館滞在は40日ほどだそうですから、ことはトントン拍子に運んだのでしょうか。


 最後に五稜郭での感想。新島襄の出国は元治元年(1864)年6月14日、池田屋事件(土方と新選組を世間が知った事件)は元治元年(1864)年6月5日、新島の帰国は1874年31歳、土方の五稜郭での戦死は1869年34歳。二人の人生は何の交差もすることはないのですが、同時代に生きた二人の若者がそれぞれの置かれた環境と己の信念に従って生き抜いたことに、感銘を覚えました。

2018年 11月

   松田 進

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近畿税理士会所属

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