行雲流水(所長&副所長の雑感)

当事務所は、関与先の皆様への情報発信として、1993年より毎月「The Midorikai Times」というペーパーを発行していました。そしてその中の、所長が思いつくままに体験や感想などを綴った記事を「行雲流水(所長の雑感)」としてこちらにも掲載していました。

ところが、

2019年に所長の松田がペンを置き、「The Midorikai Times」の代わりに「M-Times」が発行されるようになってからは、ここのページの更新もストップしたままになっていました。

そこで、

荒木が、この「行雲流水(所長の雑感)」「行雲流水(所長及び副所長の雑感)」と少し名前を変更して、日々思うことを気ままに書いていくことにしました。

ということで、不定期で、かなり気ままに、自由に、書いていきます!!!


※ 掲載記事はあくまでも個人的主観による記事であり、当事務所のお客様へ向けた内容となっております。ご了承ください。

コーヒースティックに泣かされる ~2024.3.3

ホームページのトップ画面の画像でも時々出てきますが、

うちの事務所の特徴として、

ちょっと一服したいなぁって思った時や、気分転換したい時のために、

お菓子や飲み物が山盛りある、ということです。


と言ってもそこまで贅沢はできませんので、


コーヒーはドリップ式やカプセル式ではなく、スティックタイプのものを使っています。

(それでも、瓶に粉がドサっと入っているものと比べれば贅沢かもですが・・・)


もう長年同じAGFの「ちょっと贅沢な珈琲店」シリーズを使っているのですが、

最近気が付いたことがあります。


いつものようにコーヒーをいれようと箱からスティックを取り出し、

何気なく手に取ったスティックの袋を見たら・・・


なんと


「気を張りすぎてはいませんか?」というメッセージが書かれていました。

今まで何百と飲んできてるはずなのに、袋のメッセージに気が付くことはありませんでした。


全部に書いてあるのかなと見てみますと、

他にも

「ご無理なさらず」

「良い方に考えましょう」

「考えすぎてはいけませんよ」

「自分を褒めてあげてください」

といったような言葉が書かれているものもあって、


こんな優しい言葉を掛けてもらえるなんて・・・と

思わず涙があふれてしまいました。


ヤバい。ちょっとしたことが染みます・・・

フライを取れるかどうかが人生のすべて ~2024.2.18

もうかなり昔の記憶すぎて、何に書いてあったのかも分からなくなっていますが、

(村上春樹の「神の子どもたちはみな踊る」の中の一場面だったような・・・)

そこに出てくる小学生は、

友達との遊び(野球)の中で、打ち上げられたフライを取れるかどうかが、「人生のすべて」だった。

というような内容で、

それを読んだ僕はめちゃめちゃ衝撃を受けました。


既にオトナになっていた僕からしたら、フライを取れるかどうかは大したことではなくなっていました。

取れずに落としたとしても、特に自分の中で何の変化も起きないくらいです。


でも、

「その子」にとっては、フライが取れるのと、取れずに落としたのでは全く違った未来が訪れる、

くらいに大きな変化が起きるのでしょう。


そしてそれは、その子にとってはたまたま「野球のフライ」なだけであって、

皆それぞれが、それぞれに同じくらいの正念場というか、そのことで未来がコロっと変わるくらいの「何か」に賭けるトキがある、

けれど、

その人以外から見たら、すごくちっぽけなことだったりする、という

ごくごく当たり前のことなんですけど、

その時の僕は、そういうことに無頓着で生きてきてしまっていたこともあり、

その言葉が、その場面が、ずっと心に残り続けることになりました。


そして、それ以来、

その場面を事あるごとに思い出す、という「僕」になっています。


どうして今そのことを書いているかと言いますと、

現在、税理士事務所は超繁忙期を迎えていまして、日々どうやって寝る時間を確保するかくらいのドタバタです。

(と言っちゃうとブラック過ぎてヤバいかもですが、僕は役員だからいいのか)

そんな時でも、ちょっとした困りごと等の相談のようなものは入ってくるわけです。


で、

ついつい、「い、いまですか・・・」とか、

「そ、それ・・・ですか」とか思ってしまう自分がいて、

(ほんま小さい人間やなぁって書いてて思いました・・・とほほ)


その時にこの場面が浮かぶわけです。

そして、「あかんあかん、人生かかってはるかもしれんやん!」と思い直して

真剣に耳を傾けることにしています。


いつかは、

いついかなる時でも、「い、いまですか・・・」や

「そ、それ・・・ですか」すら一切思わずに

即座に応じられるようになりたいな、と思います!

「家」を建てる ~2023.5.5

2022年8月に一人暮らしをしていた母が亡くなり、家(僕の実家)が空き家となりました。

空き家といっても、仏壇があったり、出勤&移動用の原チャをガレージに置いてたりしたので、ほぼ毎日実家に行き、窓を開けて風を通したり、仏壇にお線香をあげる、ということはしていました。

が、休みの日にはお線香をあげに行かなくなったり、

平日でも、ドタバタしている時は家の中に入らずに原チャだけ取りに行ってそのまま乗っていき、帰りも、家の中に入らずに原チャを置いて帰ったり・・・と、何となくですが、家の事や仏壇(母)の事を気に掛ける度合いが減っているように感じていました。

久しぶりに家に入って仏壇に手を合わせた時には、やっぱり何処か寂しそうにも思えましたし、

これではいかん!と思い直し、実家を建て替えて、住むことにしました。


ちなみに、僕は今住んでいる家に引っ越したばかりで(2022年1月号のエムタイムズにも書いていますが)、この家での生活がかなり気に入っており、もうずっとここでいいや!となっていましたので、実家を建て替えて暮らすということは全く頭の中にはありませんでした(よく考えたらそんなわけにもいかないのですが、母は死なないもんだと何となく思っていましたので・・・)。


ということで、考えを改め、実家を建て替えてそこで生活することにしたわけですが、

これが結構大変でした。


というか、まだ現時点では「着工」となったばかりですので、これからまだまだ大変は続いていくのですが、とりあえず着工までこぎ着けたということで、この「家」を建てるシリーズを書き始めてみることにしたわけです。


まず、

工務店さんに自分たちの思い描く理想の家がどんなものかを話すところからスタートしました。

僕、妻、子、それぞれがどういう家がいいのか、その家でどんな風に過ごしたいのかを語り、

工務店さんはそれを元にテーマを作ってくれました。

「Green in the Light」

これが新しい家のテーマとなります。


実家は、土地が22坪と狭い上に、間口が3m程しかありません。

しかも左右・後方にはギュウギュウに家が建っていますので、特に1階は日差しが入って来ず年中真っ暗で、

冬は家の中の方が寒いんちゃうかなってくらいの家でした。


ですから、

新しい家は、明るくて、ポカポカ暖かくて、陽だまりの中で昼寝ができるような家が理想という僕たちの想いを工務店さんが形にしてくれることになり、


木々が生い茂る森の中に、ほんの少し開けた空間があり、そこに陽の光が差し込んでいる、

そして、その光の先に生活の場がある、という意味で

「Green in the Light」となりました。


ただ、これはあくまでも「理想」です。

この理想からスタートして、そこから、環境や種々の制限など色々な「現実」を踏まえ、

「理想」と「現実」が折り合うところを手探りで見つけていく、という流れになります。


ということで、

工務店さんと着工までに12回の打合せを重ねてきました。


実はもう既にヘトヘトです。


が、家づくりはまだ始まったばかりですので、

今後も「家」を建てるその2、その3を気が向くままに書いていこうと思っています。


そしていつかはまとめたものをエムタイムズの方にも書けるくらいにこのネタが育ってくれればいいなぁと

密かに期待したりもしています。


事務所の「お菓子当番」 ~2023.4.22

4月から、事務所に「お菓子当番」という制度ができました。

これは何かと言いますと、その月の「お菓子当番」となった者が、予算の範囲内で『これは!』という選りすぐりのお菓子を自らの目利き力を活かして購入し、事務所の皆で味わう、というものになります。


と、言葉にすると大袈裟になっちゃいますが、

つまりは、自分の好きなお菓子を皆にも食べてみて~とお勧めする、みたいなゆる~い感じのものです。


4月は小島が初の「お菓子当番」として、

チョコをベースにしたお菓子を盛り沢山の状態で事務所に届けてくれました。

(トップページのスライドショーを見てたら画像が出てきます!)


この山盛りのお菓子を見るだけで、僕なんかは「うひょ~」となってテンションが上がり、仕事も捗る捗る!!!


が・・・・先日、風邪をひいてかなり激しい咳に苦しめられた際に、

主治医から「お菓子(特にチョコ)禁止令」が出てしまい、

今は山盛りのお菓子を横目に泣く泣くお菓子我慢の日々を過ごしています。

(これはもしや目の毒になっているのか・・・)


と、始まったばかりの「お菓子当番」制度ですが、いきなり暗雲が立ち込める事態となっているわけで・・・

(僕にとっては、ですけど)、

この後どう発展していくのか、乞うご期待!

その場所に一緒に居る事で ~2023.3.25

確定申告のドタバタも終わり、

書類整理等の作業で事務所に居る時間がいつもより長くなっている今日この頃です。


僕の席は、原さん(去年12年ぶりの求人の結果、縁があって松田事務所の一員となった若人)の隣ということもあり、

事務所に居る時は割と取り留めも無いことを話してたりします。

(勿論、普段の報告事項等も交えながらですが)


そんな中で、

「お客さんから〇〇やってくれないかという話が出たけど、それって税理士事務所がやる仕事なのかどうか分からなくて・・・」みたいな感じの話が原さんから出ました。


僕は、

「税理士事務所の仕事かどうかは置いておいたとして、松田事務所としては、お客さんが困っていたらそれに対して何とか力になろうとする、そういう事がうちの仕事だから」

「何が、何処までできるかは、内容をしっかり聞いてからの判断となるけど、最初の時点で、それは税理士事務所のする仕事では無いです!とピシャリと断るのは、うちの事務所的ではないしね」

という話をしました。


で、

話をしていて思ったのは、

ああ~ こうやって何気ない会話の中から「松田事務所」の思いや考えがジワリと染み出すのかも、という事と、

それが少しずつジワジワと原さんの中に染み入ってくれたら、いつか原さんも自然と「松田事務所」的になっていくんだろなぁという事です。


きっと、このジワリだったり、ジワジワ~だったりという事が大切なんでしょうね。

人の心に染み込むためには、できるだけゆっくりと時間をかける、という事が必要なのかもしれません。


そのためには、

やっぱり、

一緒の空間で、一緒の時間を過ごす、という『時間』をどれだけ積み重ねられるかが大切なような気がします。

勿論、単に一緒に過ごすだけじゃなく、お互いが居心地がいい状況・環境で、という必要はありますが。

(天気の良い日に、景色のいい露天風呂に入ってるみたいな感じ?・・・いや、それは言い過ぎか・・・)


「言いやすい」という事 ~2023.3.15

ここに書くのは久しぶりとなります。

僕にとって1月から3月はめちゃめちゃドタバタで、「雑感」はあっても、それをここに書きに来る精神的な余裕が無かったです・・・


でも今日は、

事務所としての「確定申告」が無事終了した!ということで、久々に書きに来ました!!!


先程「雑感」はあっても、と言いましたが、

いざ書こうと思うと、鮮度が落ちていると言いましょうか、これ今更書くことか?みたいなものが自分の中で出て来てしまって、「あれ?時間ができたらここで書こうと思って頭の中にストックしていたのに、筆が進まないやん・・・」状態となっています。

不思議ですねぇ


ということで、

過去の「雑感」は、もう僕の中だけの「雑感」ということにしておいて、

割と最近思ったことを書いておきます。


うちの事務所は毎月、その月がスタートする日(大抵は1日、土日があると週明けの日)にほぼ一日使って会議を行います。その会議では、各自が日々思っていることも自由に「議題」にあげて話し合うのですが、

3月1日の会議では、

会議自体の司会・進行役を、現司会・進行役である総務の石田から、他の誰かに代えてもらえないか、という議題が石田本人からあがりました。

理由は、会議の資料等で訂正があった場合や、何らかの作業が必要となった場合、司会・進行しながらだとバタバタ度が増してしまい、スムーズに行えないから、というものでした。


こういう話し合いの場合、僕はいつもの如く『ニヤニヤしながら見てる』というパターンで、ほぅほぅ司会・進行役の交代か、ふむふむ、次は誰になるんやろなぁくらいの感じで傍観していました。


すると、

「あれ?そういえば荒木さんって司会・進行役やったことなかったですよね?」となり、

あれよあれよという間に僕が4月の会議からの司会・進行役に決まりました。


僕にとっては、誰が司会・進行役になっても良かったので、勿論僕自身がなってもOKです。

が、まさか僕が指名されるとは思っていなかったので、ちょっとビックリしました。


あ、これって悪い意味で言っているのではなくて、

こういう風に、思ったことを何でも気軽に言える、というのはとても大事なことなんやろなって改めて思ったんです。


これが「言いにくい」職場だったら、


「あれ?そういえばば荒木さんって司会・進行役やったことなかったな・・・

でも、荒木さんは代表だからそんなこと言えないし」となって、

心では思っていても口には出せないとなり、そういう事がどんどん増えていって、

その結果、

いわゆる『風通しが悪い』職場というものが出来上がるのでしょうね。


そういう意味で、「言いやすい」というのはとても大切だなぁと思ったのと、

うちの事務所は今のところそれが出来てるなと思ったのと、

だからと言って何でもかんでもっていうのも良くないだろうし、その辺りの線引きというか、

見極めというか、舵取りというか、そういう事が難しいな(でもまぁきっと何とかなるさ~)と思った1日でした。

所長へのプレゼント ~2022.12.27

これはまた改めてエムタイムズの方で書こうと思っていますが、

実は本日、

事務所の皆から、所長の松田にサプライズでプレゼントの品と花束を渡す、という事を行いました。


こういう場合、皆で話し合って決める、というのはいつもの事なのですが、

何を贈るのか、メッセージはどうするのか、メッセージ入れるのなら何処にどういうメッセージ入れるのか・・・等々

皆それぞれ所長に対しての想いがあるからか、仕事の片手間でやっているようではなかなか決まりません。


決まらなさ過ぎて・・・・

タイムリミットの12月27日まで、残り僅かとなり、

結局何も決まらならいので、何も贈らない、という事にもなりかねない状況にまで一時期なってました。


で、

僕はと言いますと、

これまた例のごとく、ちょっと離れたところからニヤニヤしながら見てました。

それなりのプレゼントでいいやんって僕なんかはつい思ってしまいますが、

皆は真剣です。まさに想いが溢れていました。


結局、土日もちょこちょこ話し合うようになり、

最終的な詰めのところでは、この年末調整作業で忙しい時期にもかかわらず、皆で時間を合わせてガッツリ話す時間を設ける、ということまで行いました。


その結果、


大成功に終わりました!

所長の驚いた顔の後にあらわれた満面の笑み、これを見られただけで僕らは大満足です。


しかし、こういうちょっとした所でも、うちの事務所ってほんま素敵やなぁって思ってしまいます。

(これ、あんまり言いすぎると反感かうのかもしれませんが・・・言っちゃいます)


徐々にコロナ前の体制へ ~2022.11.25

ここでも以前に書きましたが、9月2日から事務所の体制を「事務所内原則1組体制」から、「予約せずに誰でも自由に事務所が使える体制」へと切り替えました。

そして、来年1月からはいよいよコロナ前の状態へと戻ります。

コロナ前の状態というのは、

毎朝皆が事務所へ出勤してきて、事務所内を清掃、朝礼を行った後に各自お客さんの所へ出かけて行ったり、事務所内で作業する、という状態をいいます。

こうやって文字にすればかなり当たり前の事で、「毎朝皆が出勤してくる」というのは、どこの事務所や会社でもごく普通に行われている事かもしれません。


でも、コロナ禍にあったこの2年程で、

うちの事務所にとっては、この「当たり前」が、「当たり前」でなくなりました。


で、何が言いたいかといいますと・・・

一旦「当たり前」でなくなったものを「当たり前」に戻すのはかなり大変なことかも、ということです。

それがどんなに「当たり前」のことであったとしても、です。


皆には、朝に出勤してくるのは来年1月から、と言いながらも、

僕は皆に先駆けて、既に毎朝事務所へ出勤する、という事を最近やっています。

それには、新人の原さんは基本的に毎朝事務所へ出勤して来ているので、

少しでも原さんとコミュニケーション取る時間を確保できれば、という思いがあっての事ですが・・・


とりあえず、

以前の通りやってみよう、以前やってたんやし普通にできるやろ、

と軽い気持ちで始めたこの「当たり前」のはずの事が、

実際やってみると、かなり大変で・・・


何が大変かと言いますと、頭の切り替えといいますか・・・

例えば、自宅からなら10分程度で行けるお客さんの所へも、事務所を経由して行くと1時間以上はかかります。

(事務所行ってから清掃したりもしますので、1時間半以上はかかるかも)

そうなると、「この時間があればアレもできたなコレもできたな」とか「もしかして勿体無いことしてるんちゃうかな」とかいう思いが頭の中をグルグル駆け巡ってしまいます。


ま、

今はまだ皆が事務所に集まっていない状態だからそう思うってのはあるかもしれなくて、

皆が集まって、以前のようにワイワイ話しながら清掃したり、朝礼やったりするようになると、

うんうん、何かチームで仕事してるって感じがしていいかも!とか、

これぞ一体感!とか、思えて、

お客さんの所へ直接行ける方が効率的のように思えてしまっていたのは、完全に自分一人だけの視点であって、

事務所全体から見た場合はやっぱり毎朝一旦事務所に集まる、ということの方が大切だったんだなぁって、

思えるようになりそうですが。


とりあえず、

習慣の力っていうのはすごいな、というのを今は実感中です。


税理士という仕事 ~2022.11.2

先日、学校の宿題ということで、甥っ子(小学校6年生)からインタビューを受けました。

「身近な人のお仕事」について調べる、という内容で、僕がやっている「税理士」という仕事がどういう仕事かを回答する項目もありました。

そこで改めてじっくりと考えてみることにしました。


以前に、コラム『税理士事務所は何するところ? 2019.10』でも税理士って、というか、うちの事務所って、どういう仕事をしているのかを書きましたが、あれから3年経過していますので、あの時思っていたのと変化してきていることもあります。


ということで、ここで、現時点で思っていることを整理しながら書いてみます。

(また考えは年数とともに変化するかもですが・・・・)


まず、税理士って「税金の計算する仕事」ってイメージがあります。それ自体は間違ってはいないのですが、何のためにやっているか、という目的が税理士事務所によって様々かもしれません。

うちの事務所にとっては、「税金の計算」というのは『本当の仕事』をするための一つの手段にしか過ぎません。

じゃあ『本当の仕事』って何?っていうことですが、それはホームページのトップページにも書いてますように、

その会社に属する人、同じ空間で同じ時間を過ごす人にとってのその時間が、皆幸せと感じられるような時間にすること、そういう会社に自然となっているようにすること、です。

(かなり大きく出ましたが)


でも、そういう会社が一つずつでも増えていったら、絶対日本はもっと良くなる!というのは本気で思っていて、

日本を良くすることに繋がる仕事なんて、すご~く素敵な仕事やん!って思ったりしています。


でも、実際そんなんができるのか、ですが


うちの事務所の場合、基本的に毎月1度は会社訪問しています(「税金の計算」をするためや月次での損益把握のお手伝いをするため)。

 ↓

毎月社長や役員等と腹を割ってじっくり話せる時間を持つことが可能(毎月できているかどうかはともかく)です。

 ↓

毎月行くから従業員や、会社に属する人達とも自然と顔馴染みになります。

 ↓

会社の雰囲気や様子の細かいとこまで見れるので、「外からの目」で会社全体や内部のちょっとした問題点等を感じることができます。

 ↓

社長や役員等と腹を割ってじっくり話す際に、その問題点に自分から気付いてもらうようにあれこれやってみる、という事ができます。

 ↓

時間はかかるけど、会社全体がゆっくりゆっくり変わっていく


みたいな流れでいけば、「実際そんなんができるのか」という点に関しては、

やろうと思えばできる、という事が言えるかと思います。


ただ、

ここでのポイントとしては、コンサルタントみたいにこちら側から何かアドバイスや助言的な事を言ったりしないこと、です。

あくまでも社長や役員等が自分で気が付いて、自分の考えだと思って行動する、というのがとても大事になります。

それは、人から言われて動くのと、自分で自ら考えて動くのでは、そこに込められている「思い」や「熱量」が全然違うからです。

その人から発せられた「思い」や「熱量」が、次の人、そしてまた次の人へと、弱まったり、薄まったりはしながらも伝播していきますので、最初にどれだけの「思い」や「熱量」があるのか、ということがめちゃめちゃ大事なのでは、と思っています。


ですから、こちらは何もせず・・・

いや、自分の中に「思い」や「熱量」をどんどん溜めていくと、それが自然と社長等にもしかしたら伝播していき、その結果、社長等が自ら気か付く、ということに繋がるのかもしれませんので、

何もせず、じゃなく、自分の中で「思い」や「熱量」を溜めていく、ということをやり続ける、ということになるのかもしれません。


でも、

それって、当然外からは見えませんので、


そうなると、

お客さんに紹介してもらうことで新しいお客さんを増やし、「皆が幸せ感じられる会社」を一つでも増やす、という事ができなくなる・・・という問題が生じますね。


うちの事務所って、

目先の事だけじゃなく、お客さんの将来の事までをも真剣に考えて取り組んでるすごい事務所で、こんなすごい事務所は他に無いと思っているのですが、(めちゃめちゃ手前味噌ですが・・・)

それをどうやって周知していくのか・・・・これが難しい。


あ、テレビの密着取材みたいなのがあればいいかも!とふと思いました。

「情熱大陸」なんてピッタリかもです! 毎日放送さん、お待ちしてまーす!!!!!


小学校お受験 -人生最悪の日(2021.3)- のその後~2022.10.5

先日、子どもの小学校の運動会を見に行ってきました。今2年生なので、今回で2回目となります。

子どもが「お受験」に合格し、僕が「お受験」に不合格となってからもう2年以上経つのですね・・・しみじみ


あの時に書いたコラム「小学校お受験~人生最悪の日~」の最後に、

『でも、これを書いている今はちょっと立ち直ってて(子供じゃなく僕が)、いつかきっと、附属落ちてこっちの小学校に行って正解やったなぁと心から思える日が来るんちゃうかなぁと思ったりもしています』と書きましたが、

今本当に心からそう思えています。

附属のお受験に「僕」が不合格となった後、小学校をどうするかという話し合いが家族内(妻と僕)で行われました。京都の場合は、京都教育大学附属京都小中学校の抽選で落ちた場合の受け皿的な感じで、3つの私立小学校が募集を受け付けてくれています(ちなみに、この3つの私立小学校はどこも元々女子校ということもあり、男子が行けるのは小学校までで、中学校からは他を受験しないといけないという共通点があります)。

せっかく今まで勉強してきたということもあるし、お金はかかるけど思い切って私立にするか、それとも引っ越ししてできるだけ評判の良い公立小学校へ行くようにするか・・・などなど


という事をあれこれ考えている時に、幼稚園のママ友さんから、その内の1つの私立小学校が最近とても評判が良い、という情報が入りました。

今回情報を貰った小学校は、他の2つの小学校と比べて知名度が高くなくて、実は、そのママ友さんから教えてもらうまでは、男子が行けるということすら知りませんでした。

確かに、色々調べてみるとかなり良さそうです。

ここにするか・・・と気持ちが傾きましたが、問題が1つあります。

他の2つの小学校には、幼稚園の友達が何人か進学することが決まっていますが、この小学校へは誰も進学しません。全く誰も知っている人がいない中での小学校生活のスタートとなります。これって子どもにとって酷な事なんじゃないかな・・・

と色々迷いましたが、

妻、僕、子どもの3人での話し合いを行った結果、この小学校に行くことに決めました。


という経緯がありましたので、1年生の時の運動会はドキドキでした。この小学校の運動会は、子どもが待機している席の向かい側に保護者席がありますので、普段の子どもの様子をじっくり見ることができます。子どもがポツンと寂しそうに座ってないかな、もしそうだったらどうしよう・・・と思いながら、双眼鏡を覗いてみると、めちゃめちゃ楽しそうに友だちとふざけ合ってる子どもの姿が見れました。色々な友だちと本当に楽しそうに笑いあってて、心底ホッとしました。というか、双眼鏡を覗きながら男泣きです・・・


この小学校に行かせて良かったなと思う点は多々あるのですが、とりあえずパッと思い付いた事を挙げていくと、

1、先生がすごく良い先生ばかりです。数年前に校長先生が代わって、それからは他校の良い先生が集まるようになったようです。

2、少人数(1クラス15人~20人程で、1学年2クラス)なので、先生の目が行き届きやすいです。それに、運動会のような行事の時でも保護者が多くて場所取りが大変ということもなく、開始時間ギリギリに行っても座る場所の確保は自由にできますし、うちの子どもはここがベスト!っていう場所での写真・ビデオ撮影も押し合い等せずに余裕で確保できたりもします。あと、そもそもの人数が少ないので、コロナの感染リスクもその分少ないです。

3、子どもが大抵おっとりしています。うちの子どもがおっとりしているので、うちの子には合ってるっていう意味で、ですが。お寺さんのお子さんが多いというのもあるのか、割とそういう感じの子が多くて、全体的にそういう雰囲気になっています。

4、今年の4月から新校舎が建ち、教室、トイレ、図書室、運動場等がめちゃめちゃキレイです。運動場は、中学生・高校生と共有なので、かなり広くて、よくあるような「砂」じゃなく人工芝で、しかも陸上競技場のようなちゃんとしたトラックがあります。

5、放課後に、いわゆる「学童」みたいな感じで遅くまで小学校内で子どもを預かってくれます(無料です!)。そこで宿題をしたり、遊んだり、してますが、今年からは日替わりで色々な先生が何か趣向を凝らしたイベント(科学実験や本の読み聞かせ、昔のおもちゃ遊び等)をやってくれるようにもなりました。先生以外にも、小学校の向かいにある系列の大学生(将来小学校の先生を目指しているような大学生)も、子どもを見てくれています。

6、学校内にプールが無い代わりに、プールの授業がある時は、徒歩数分内にある屋内プールを学校で貸し切りにして使う、という事をしてくれているので、天候を気にせずプール授業ができてます。しかもめちゃめちゃキレイです。

7、図書室がめちゃめちゃデカいです。運動場と同じで、図書室も中学生・高校生と共有なので、その分本の数も多いです。しかも、建物の真ん中に図書室があって、その周りに教室を配置する、という校舎の作りになっていますので、どの教室からもすぐに図書室へ行くことができ、子ども達にとって図書室というものががめちゃめちゃ身近な存在になっています。

8、授業に「ぶっだのこころ」というものがあり、仏教的なことを日常的に教えてくれていたり、「礼法」という授業もあって、そこで小笠原流の礼儀を教えてくれています。まだ全然身に付いていませんが、これが将来のための種になってくれているのではと密かに期待しています。

9.学費が割とお手頃です。恐らく他の私立の3分の1~2分の1くらいかもです。


事務所通常使用体制の解禁~2022.9.2

本日、9月2日から事務所原則1組体制が解かれ、予約せずに誰でも自由に事務所が使える体制へと切り替わりました。

そもそも「事務所原則1組体制」を取っていたのは、2020年10月のコラム『松田事務所のコロナの話』にも詳しく書いていますが(もう2年も前なのか・・・)、コロナの感染拡大を、事務所からお客さんへと広げてしまう可能性をできるだけ少なくするためとなります。


でも、そのおかげで、家族等の濃厚接触者に該当した職員もいましたが、他の職員は制限なく自由にお客さんところへ行くことができましたので、それなりに意味があったのではと思っています。


コロナ禍において、「事務所1組体制」という事までやっている税理士事務所は他に無い(所長談)ようですが、

確かに、ここまでやろうと思ったらそれなりの条件が整っていないと不可能かもしれません。

うちの事務所の場合、

1、トップの理解(なかば諦め?)

2、事務所の職員皆が、お互いに譲り合う気持ちを持ち続けられた

3、そもそも職員の人数が少なかった(4組でシフトを組める)


という条件が全て揃っていた結果であり、どれか一つでも欠けていたらここまで長くは続かなかったと思います。


で、どうしてこのタイミングでの「解禁」になったかと言いますと、

「事務所1組体制」では、ほんのちょっとした困り事や、誰かにふと聞きたいなって思った事、など、わざわざ電話等してまで話す程でもないことが、各自消化できず、そのままの状態になっていて、その割合がどんどん大きくなってきいるように感じたからです(各自と言いながら僕だけかも・・・ですが)。

ですから、このまま感染拡大防止を重視する方向へ行くのではなく、

事務所内の意思疎通、コミュニケーション、知識・体験共有、を再構築する方向へと今シフトしないと、

取り返しがつかない事になるのでは、という思いがふつふつと湧いてきまして・・・ついに「解禁!」となりました。


ということで、今日早速事務所に行って、ちょっとした事を気軽に聞いたり、

雑談したりとしちゃってます(勿論、感染対策はバッチリしながら)。

ちょっと前なら当たり前に思っていて、何にも感じなかった事ですが、

やっぱ気軽に話せる相手がいるってのはいいもんなんですよね~


母が亡くなって思うこと~2022.8.11

8月5日(金)に母が亡くなり、初めて喪主というものを経験しました。


今まで、お葬式に関してはあまりいい印象を持っていませんでした。

と言いますのも、家族は弔問客の「接待」みたいな役回りで、何かと気を遣っていて、

亡くなった者へのお別れがちゃんとできていないような気がしていたからです。


お葬式に参列する側も、

心から望んでの参列、というよりかはどこか義理的なものがあるような気もします。


ところが、

今回、家族葬というものをやってみて、

やはり「お葬式」という儀式的なものは必要なんだなと改めて思いました。


それは、

お葬式前と、お葬式後では自分の気持ちの持ち様がガラリと変わったように思えたからです。

踏ん切りがついたというか、前を向けたというか・・・とにかく、自分の中で何かが変わりました。


母が亡くなったのは、持病として抱えていた大動脈瘤が破裂したことによります。

ですので、完全な突然死となります。


といっても、全く予兆が無かったわけではなく、亡くなる前日は「背中が痛い」とか言って、

いつもはそんな事で電話をしないのに、珍しく姉に電話をしてきていたようですし。

僕も、夜にラインをしても既読にならなかったので、何か嫌な予感みたいなものをほんの少し感じていました。


そんな状態で迎えた翌日の朝、

いつもより少し早めに母が1人で住む家に行ってみると、既に冷たくなっていました。


もしかしたら、夜に嫌な予感がした時にその足で実家に行っておいたら、母が亡くなることは無かったかもしれません。

同じような思いを前日に母からの電話を受けていた姉も抱えていました。

「あの時こうしておけば・・・」「もしかしたら自分のせいで・・・」そんな思いが胸の中をグルグル駆け巡り、フワフワした状態、

自分が生きているのか死んでいるのかも分からない状態・・・それが「お葬式」前の状態です。


でも、

お葬式で、母と向き合っている内に、誰に迷惑かけることなく「ポックリ」死ねたしこれで良かったんやで、

という母の声が聞こえてきた気がしました。
それは、僕だけじゃなく、僕以外の家族皆がそう思えるようになったというから不思議です。


亡くなった人の冥福を祈るということの他に、こんな風に、家族が再び前を向いて歩き出せるきっかけとなる「場」としてお葬式というものがあるのなら(そもそも、お葬式とはそういうものなのかも、ですが)、

素敵な儀式だなぁってつくづく思いました。

組織のトップに必要なもの~2022.8.3

息子さんや娘さんが、先代社長であるお父さんから事業を承継する、というパターンが松田事務所でもいくつか。

以前に、社長になりたての息子さんから、「社長に一番必要なものって何ですか」と聞かれたことがあります。

一番って難しいなぁ、と思いながらその時は「社員さんや取引先さんは社長の背中を見てますので、今まで以上に『誠実であろうとすること』『正直であろうとすること』ですかねぇ」みたいな感じで答えた気がします。


でも、一応「代表」という肩書(所長の松田との「共同代表」ですが)を持ち、松田事務所そのものの事をアレコレ考えるようになった今は、以前とはちょっと違った考えになってきています。


トップに必要なもの・・・一番とかっていう順番はどうでもいいのですが、とにかく、以前はそれが必要だとは思っていなかったものが今は必要だと思うようになっていて、

それが何かと言いますと、

「聞く耳を持つ」ということかなと思っています。


聞く耳を持つと言っても、漠然としているので、自分なりに咀嚼すると、

「自分では絶対Aだ!Aしかない!」と思っていることがあっても、誰かが「それはAじゃなくてBじゃないですか」と言った場合に、「いやいやいや、これはAしかあり得ない!」と突っぱねるのではなく、これをいい機会としてBの可能性を含めてもう一度Aを検討し直してみる、ということ。

でも、これがなかなか難しい・・・

それなりに経験もあり、実績もあって、数々の成功体験がある場合はその難易度はぐ~んと上がりそう。


だけど、

今の時代って、昔とは全然違って、ほんのちょっと前ともまた違って、とにかく変化のスピードが桁違いに早い。

こんな時代では、「経験してきたこと」が生かせる度合いというのも昔と今では恐らくかなり違っているのでは。


だとしたら、これから起こることに関しては、

数々の成功体験を積んできた者の「考え」が、寧ろ間違った方へと誘導することになりかねない、ということが実際起こっている気もします。


誰かの意見にただ「従う」のではなく、自分の意見はしっかりと持ちながらも、とりあえず一旦立ち止まって「聞いてみる」、そういうことがトップには必要なような気が、今はしています。

請求書の用紙変更~2022.7.21

実は、今月分の請求書から、長年愛用していた緑色の用紙を変更することになりました。請求書用の用紙を購入して、それに印刷していたのですが、それだと印字設定が手間だったりと色々ありまして、いい機会(用紙がなくなった)なので、A4の白紙の紙にプリントアウトするよにしよう!となりました。


色も、パッと目を引く鮮やかな緑色から、おとなし目な白と黒のモノトーンカラーへと変更になる、ということもあり、

お客さんに一言変更をお知らせした方がいいのではとなり、そこからは、どういう文章(軽い目、格式ばる)をどういう用紙(A4に合わせる、一筆箋)にどういう風に書くか・・・色々意見が飛び交いました。


実は、

その様子を僕は、面白いなぁと思って一人ニヤニヤしながら見てました。

何が面白いかって、ある意味どうでもいいような内容のことを(し、失礼!)、それぞれが真剣に話し合える場がある、話し合える状態である、話せる雰囲気である、ということが、です。


後は、新人の原さんも参加できるようになったら最高ですよね。何を言ったとしても、新人が何言うてんねーん!って誰からも言われるわけないって自然に思ってもらえるようになるのは・・・・まだもうちょい先か・・・
先なんか・・・・

アクセス数にビックリ!~2022.7.14

本日、急に思い立って、事務所のホームページのアクセス数を管理画面から見てみることにしました。

単なるアクセス数だけじゃなく、どのページへのアクセスがどれくらいあるかも分かりますので、どんな内容のページを見に来られているのかも確認してみました。そしたら・・・ビックリです!

なんと、僕が2021年3月のM-Timesに書いたコラム「小学校お受験 ~人生最悪の日~」がダントツの1位で(52%)、2022年1月~7月のアクセス数が2,527件もありました。

しかも、事務所のホームページを見に来られたついでにコラムを見られたわけではなく、GoogleやYahoo等の検索エンジンから「お受験」等の検索ワードを入れて、そこからヒットしたコラムとして見に来られたようなんです。

2,527件という数字がどうなのかですが、僕にとってはビックリの多さでした。そこでまぁ、何でも書いてみるもんだなぁとふと思い、その思いが強い内にと、ここのページにどんどん書き足していけるように編集の仕方も教えてもらったというわけです。

どういう形であれ、松田事務所のことを知ってもらう機会が増え、色々な縁が出来たらヨキコトかなと思っておりますので~

令和元年

 平成があと少しで終わろうとしています。当事務所も令和元年8月には創業50年目を迎えます。私は昭和35年に同志社大学経済学部を卒業し、即税理士事務所で実務を学びつつ、税理士試験を受験し昭和38年に試験合格、昭和45年に許されて独立、税理士事務所を開き、税務、会計の世界でほぼ60年が経過しました。昭和の後半の30年、平成の30年を思うと万感の思いがします。いずれ遅かれ早かれ、各界の人々から平成の総括がなされると思います。私は大それたことをするつもりはないですが、先日開業当初の源泉徴収簿を見ていて、昭和45年から64年までの昭和と、平成の30年間の人件費には顕著な特徴があることに気づきました。

 まず私の昭和35年(1960年)の大卒初任給、学内で張り出された求人で、最高は日興証券の15,000円、12,000円から13,000円が一般的でした。私の初任給は高卒なみだよといわれて8,000円でした。1960年に池田首相が所得倍増論をぶち上げていましたが、世間の反応はまだまでした。ところが昭和45年の開業後に最初に手伝ってくれた女子事務員の給料は、45年35,000円、46年45,000円、47年50,000円、48年65,000円退職時の49年には100,000円になっていました。丁度高度成長の初期の物価及び人件費の高騰がうかがわれます。49年に入れ替わりに来てくれた、大卒男性は初任給100,000からでした。私の時代の初任給ほぼ10,000円から、15年で倍増どころか10倍増になっていました。彼の給料を年代別に追ってみると、月給が300,000円、年収が5,000,000円を超えるのは昭和の終わり近く、10年かかってほぼ3倍、高度成長がやや緩やかになってきたことを伺わせます。

 現在在籍する4人は全員平成も半ばを過ぎてからの入所です。一種の出来高払いなので、定期昇給はありません。売上高の増減で給料は変化するのですが、ここ数年は安定した金額になっています。社会全体が物価の上昇も大きくなく、社会がよく言えば安定、悪く言えば停滞していることの証なのでしょうか。

 さて昭和の高度成長期に自営業をしていたことを話すと、多くの人はいいですね、と羨ましがられます。しかし本当ははたしてどうか。売り上げが少々上がったからといって、今年の成長率は10パーセント、それより下回っていては成長とは言えませんよ、と発破をかけられる。物価はどんどん上がり、経費と人件費は毎年見直してくれる顧問先もありません。

 従業員にしても給料が上がるほどには豊かさを実感していたとは思えません。新しい電化製品は次々売り出される。友達は車を買った、などなどいつまでも落ち着く暇はありませんでした。考えようによっては必要なものは周りに大方揃っている。多くはなくとも収入もある程度安定している平成の方が生活はしやすかった、のかも知れません。

 「令和」私は好きです。明治、大正、昭和、平成と並べてみると柔らかくはないですか。中国古典からと万葉集からの違いでしょうか。なんとなくふんわりと期待が持てそうな気がします。ただ世界はこれからたいへんですね。アメリカの独りよがり、中国の独断、EUの混乱。東アジアの台頭、アフリカとアラブ諸国の政治的混乱。日本で言えば朝鮮半島問題が再燃しています。朝鮮半島の政治的無力と混乱のため、明治、大正時代、国運を賭け、日清日露戦争を戦いかろうじて得た政治的安定が音を立てて崩れかねない様相です。

 新しい時代、私たちはどう生きるべきか。新しい年号が示唆しているような気もします。「令」を命令の令ととって異を唱える人も二、三見かけましたが、漢和辞典を引いてみると、例示されている40の熟語のうち、命令の令は2例だけ。あとは令嬢、令息、令人、令名など、ほめ言葉もしくは丁寧語として使われています。ということはまさに「和をもって貴しとなす。」という聖徳太子の言葉を自信をもって世界に発信することの暗示かもしれません。

 幸いなことに、災害時の人々の整然たる姿や、サッカーのワールドカップでのゴミ拾いとか、70年間戦争をしないどころか、外国に対し一発の銃弾も発していないことを世界の人々が知りつつあります。日本人の庶民の誠実さは、報道のみならず、多数の観光客の目で世界の人々が広く知るところとなっています。また最近あるマスコミ人の発言で今、世界で何か重要なことが起こった時、真っ先に日本に情報が入ってくるそうです。彼の30年間の報道生活の中で初めての経験だと語っていました。安倍首相の長年の外交の成果と言えるのかも知れません。ともあれ我々日本人は世界に対し発言を控えすぎていました。世界中の人々が力による解決が無意味なことを感じ始めています。日本人が勇気をもって世界の平和に積極的に貢献出来る、令和がそんな時代になっていくことを願います。

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 平成が終わるからやめるのではないですが、みどり会タイムズ、この号で一旦筆を置こうと思います。いつか必ず終わるものであれば、どこかで区切りをつけなければなりません。みどり会タイムズ1号は平成5年5月に始まっています。今回で309号になります。そこで「私本平成記」と名付けて本にすることにしました。ご希望の方には進呈いたします。みどり会タイムズ令和版は今のところ考えてはいませんが。

「喜望峰の風に乗せて~THE MERCY~」パンフレットP17より