M-Times 2020.10

松田事務所のコロナの話 2020.10

 監査部の荒木です。前回に引き続きコロナの話ですが、今回は「荒木家」ではなく、松田事務所の話です。新型コロナウィルス感染症の感染拡大が進む中で、事務所としても何度も何度も話し合いを重ねてきました。松田事務所は、お客さんのところに毎月訪問し、現場を見ながら監査をするということを大事にしていますが、それをこのまま継続してもいいのかということがまず問題となりました。もし職員の誰かがコロナに感染していた場合、お客さんの会社内にまで感染を拡げてしまうことになってしまうのではないか、だったら行かない方がいいのではないか・・・などなど。

 そういうこともあり、緊急事態宣言が出た頃は、「行かないで監査する」を選択した時期もありました。しかし、確かに「行かない」ことで感染の拡大を防ぐことはできますが、巡回監査の意義でもある「会社の雰囲気や従業員の様子等、その場にいないと分からないことを肌で感じる」という事は全くできなくなっていましたから、それはそれで問題でした。

 では、どうすればいいのか・・・散々話し合って行き着いた先は、松田事務所として絶対避けたいことが何かをまず考える、でした。絶対避けたいこと、それは、「事務所内でクラスターを起こし、感染拡大を担当者それぞれのお客さんにまで拡げてしまうこと」です。

 ということで、事務所内でクラスターを起こさないようにするために、まず、事務所で作業する職員を原則1人とし、職員同士が全く合わないようにとしました。最初の頃は在宅勤務をメインとし、事務所内で作業する必要がある場合にのみ事務所滞在の予約を入れた上で、出てきて作業するというやり方をやっていました。しかし、このやり方ですと、事務所に行きたくても事務所が空いてなくてなかなか行けない・・・となり、作業が滞るという事態が頻発しました。

 そこで次に考えたのが、事務所をもう1つ作る、でした。ということで、現在は、松田事務所のビルがある向いのビルの1Fにサテライトオフィスを設置し、2つの事務所を職員4人がスケジュールを組んで使うようにしています。こうすることで、効率をそれ程落とすことなく作業ができるようにとなりました。

写真:作業の様子

ただ、それだけでは不完全で(ウィルスはプラスチックの表面には72時間生存するとも言われていますので)、事務所内にウィルスを生存させた状態で残さないことも必要となります。そこで、事務所とサテライトオフィスに「抗ウィルス・抗菌コーティング」を施し、ウィルスが事務所内に残存できないようにもしました。

更に、万が一事務所内で職員同士がかち合ってしまった場合に備えて、飛沫対策パーテーションを各自の机に、そして応接用の机やカウンターにも設置しました。

写真:作業の様子
写真:作業の様子
写真:作業の様子

ちなみに、飛沫対策パーテーションは、松田事務所のお客さんでもある昭和商会さんに作っていただきました。サイズをきっちり測っての完全カスタマイズ品なので、おしゃれな上に、机とのフィット感もすごいです。また、素材は段ボールですから軽くて移動も楽ですし、万が一不要になった際には、アクリル板と違って廃棄も簡単!という優れものです。

飛沫対策パーテーションはよく見かけますが、サテライトオフィスの設置や、抗ウィルス・抗菌コーティングまでするなんて、どこまでやるんや~って感じですが、お客さんのところへ出かけて行く仕事をしている以上、ウィルスを運ぶようなことはしたくないという思いを皆持っています。ただ、普通に生活をしている以上、どれだけ気を付けていても自分達の力だけでは感染を完全に防ぐことはできないのも事実です。だったら、せめて自分達で何とかできる事だけでもやろうということで、今のところこんな風になってます。

写真:作業の様子

M-Times 2020.9

荒木家のコロナの話2 2020.9

 監査部の荒木です。今回は、前回(M-Times Vol.12)に続き荒木家のコロナの話です。荒木家では、相変わらず前回書いたようなコロナ対策(石鹸での手洗い、板藍根を飲む、シナモンを鍋でグツグツ煮る等)を続けていますが、それから更に追加した事として、パルスオキシメーターで血中の酸素飽和度を測定するようになったというのがあります。コロナで突然重症となるのは、本人が気付かない内に血中の酸素量が少なくなっている場合もある(無症候性<サイレント>低酸素症と言うそうです)というのを聞き、じゃあやってみようということで、体温測定と同じような感じでほぼ毎日測定しています。数値が低いからといってコロナ感染の判断材料にはできないから意味が無いとも言われていますが、自分のいつもの数値(僕の場合は大体98~96)というのが分かってきていますから、それから極端に下がることになれば、コロナじゃなくても体の何処かに異変が生じているという事は分かるので、まぁいいかなと思ってやっています。

 また、外食しない、遊びに行かないというのも継続していますから、子供にとってはかなり面白くない夏休みになってしまっていると思います。8月下旬に幼稚園の行事として「お泊り保育」というものが行われる予定で、これが子供にとっての唯一の楽しみとなっています。「お泊り保育」は幼稚園最大の行事と言っても過言じゃないくらいのビッグイベントで、京都市北区の山の中にある『大森キャンプ場』というところで2日もお泊りをするというものです。沢登りをしたり、マスを釣って食べたり、馬に乗ったり、キャンプファイヤーしたりと、コロナじゃなかったらこの夏にやりたかったような事が全て含まれているくらい、とにかく盛り沢山です。また、うちの子供にとっては初めての親がいない状態でのお泊りで、しかもいきなり2泊なので、実は僕も妻も内心ドキドキです。ですから、この夏休みは「お泊り保育」を楽しみにしながらも、夏休みっぽくない日常を過ごすという感じでやっていました。

 ところが、そんな荒木家に事件が起こります。8月に入ってすぐくらいに沖縄に住む妻のお母さんから、お父さんが入院したと電話がありました。お父さんの具合が悪いことは以前から聞いて知っていました。数ヶ月前から原因不明の発熱が続いており、色々な検査をしているということでした。ただ、検査のスピードがめちゃめちゃ遅く、次の検査まで1ヶ月待ちとかいうこともありました。これは後で知ったのですが、医療設備や医療従事者がコロナ対応に追われていることもあり、急を要しない検査等は後回しにされていたという事でした。

 妻としては、今すぐにでも沖縄に飛んで行きたいとこでしょうが、沖縄は今や日本一のコロナ感染拡大地域となっており、行っても簡単には戻って来られない状態です。当然そんな状態のところに子供を連れていくこともできませんので、こっちに残した子供の世話をどうするかという問題もあります。それに、子供が初めての親がいない2泊ものお泊りから帰ってきた時に、自分がその場にいないという事はどうしても避けたいという想いもあったりで・・・

 そんなこんなでウダウダ悩んでいる間にも、お父さんの容態はドンドン悪化していきました。集中治療室に入った、透析した、人工呼吸器を付けた・・・となり、そしてとうとう今夜が峠かもというとこまで来ました。こうなったらもう悩んでいる暇はありません。道中や、沖縄滞在中は感染予防に最大限気を付ける、京都に帰ってきたら1週間程待機(あまり早い段階で検査を受けても正確に診断できないので)してPCR検査を受け、陰性が確定してから家に帰る、という事を話し合い、その日の便で妻ひとり沖縄へと向かいました。

 翌日、お父さんが無事一命を取り留めることができたと妻から連絡がありました。ただ、依然として予断を許さない状況ではあったのと、お母さんがここ最近はほぼ寝ていない状態だったということもあり、お父さんだけじゃなくお母さんの事も心配だったので数日間様子を見ることに。

 そして、お父さんもお母さんもとりあえずは大丈夫そうだと判断できたタイミングで帰路につきました。検査までの待機期間を考えたら、お泊り保育から帰ってきた子供を何とか迎えられるギリギリのタイミングです。と、ここまでは全てがバッチリです。

 後は、妻がコロナに感染することなく、無事に帰宅できたら言うことナシですが、さて、どうなることやら・・・

M-Times 2020.6

荒木家のコロナの話 2020.6

 またまた荒木家の話です。が、今回は荒木家で行っているコロナ対策についての話です。といっても、我が家では妻がウィルスに対して普段から敏感になっているため、感染予防については、コロナ以前からやっている荒木家の日常です。

 で、何をやっているかと言いますと、まず、洗面所には、手をかざすと自動で泡が出てくる非接触式のハンドソープが置いてあります。基本的に手を洗う時は水だけじゃなく、ハンドソープも使うようにというのが荒木家ルールとなっています。(コロナ以降はそれにプラスして、30秒間洗うというルールが加わっています。)また、洗面所に掛けてあるタオルは、1日にどれだけ交換するねん!ってくらい頻繁に交換されます。そして、食事前には毎回除菌スプレーをシュッシュッシュッシュッとテーブルに吹きかけ、隅々まできれいに拭くことになっています。

 更に、ゴミの処理やその他の清掃時には、使い捨てのゴム手袋を装着して作業することになっています。この手袋はティッシュ箱のようなものに入っており、妻はティッシュを使うような感覚でサッと取り出して、使った後はサッと捨てています。(僕は、この「使い捨て」ということにいまだに慣れず、ついつい勿体ないと思って手袋を使わずにゴミの処理等をしては見つかって怒られて・・・・ということを繰り返しています。)

 さて、ここからがコロナ以降に日常となった事ですが、まず、桂皮(シナモン)を鍋でグツグツ煮て部屋中をシナモンの香で充満させるということを毎朝やっています。どうしてこんな事をやってるかと言いますと、シナモンは、感冒時に頻用される漢方薬の成分で、例えば葛根湯の中にも入っているそうです。そして、インフルエンザの予防効果も認められている(動物実験では、ですが)上に、シナモンを吸引した場合、肺内のウィルスの量が激減するという実験結果もあって(これも動物実験ですが)、まぁ人の場合がどうかは分かりませんが、いい匂いなのでアロマ代わりとして使えばいいやということで、うちではずっとシナモンの匂いがしています。

 また、食後に『板藍根』という漢方薬を飲むということもやっています。板藍根は、「抗菌作用の幅が広く、多種類の細菌の増殖を抑えることや、多くのウィルスの働きを抑制する」ということで、妻が懇意にしている医院で処方してもらっていたのですが、ある時から入手困難となったようで処方されなくなったので、ネットで同じものを探して、大きなボトルで大量に購入しています。(現在は普通に手に入るようになったようですが)

 ちなみに、この板藍根の値段を妻に聞いても教えてくれません。いくらするか聞いたらケチって飲まなくなるやろってことですが、値段を聞かなくてもその言葉だけで充分ケチりそうです。

 シナモンも板藍根も、実際効果はどうなんだろうと思わないこともないです。効果が不明にもかかわらず費用の方はちゃっかりかかっていますし・・・でも、コロナに関しては自分が感染した時、誰かに感染させた時のリスクがかなり大きいので、やらないよりは何でもとりあえずやっておいた方がそりゃいいわなぁと思ってやってます。

 ついでに、松田事務所でやっているコロナ対策としては、それぞれがコロナ感染を意識して生活するように心がけることは勿論、事務所内に滞在する人員ができるだけ重ならないようにし(事務所内で作業する人が基本的には一人だけになるように)、もし誰かが感染したとしても、他の職員が「濃厚接触者」とならないようにしておく、という事をしています。

 ただ、これは口で言うほど簡単なことではなく、正直、事務所内で作業する日や時間に制限があると、作業効率という点ではかなり落ちます。また、「在宅勤務」というものが普通にできるほど環境が整っていない場合もありますので(うちは、5歳のやんちゃ盛りの子供が即座に邪魔しにきますので「在宅」は基本的に難しいです)、まず、集中して仕事ができる環境をどうやって確保するのかという問題も出てきます。

 でも改めて思うのは、今回のコロナ騒動では、周りの人の事を思う気持ちがどこまであるのかというようなことが試されているのではということです。自分の今までの生活スタイルや、仕事のやり方を変えるのはめちゃめちゃエネルギーがいります。しかし、自分がそのめちゃめちゃ大変な思いを引き受ける事で、万が一自分に何かがあった時には、周りの人にかける迷惑を最小限に抑えることができる・・・・・・かもしれません。かなり意識して生活していれば自分が感染する可能性は低いかもしれないですし、また、仮に感染した場合でも結局は周りに迷惑をかける結果になってしまうかもしれません。でも、迷惑を最小限に抑えられる可能性がちょっとでもあるのなら、それをやってみようと自然に皆が思い、実践する松田事務所はやっぱりすごいなぁと思ってます。(またまた手前味噌ですが・・・)

M-Times 2020.4

荒木家のはなし 2020.4

 松田事務所の荒木です。いつもは割と堅く、仕事に関する話を書いていましたが、今回はかる~く自分に関する事を書いてみようと思います。

 ただ、「え?荒木さんてそんな人やったん?」と思われてしまったり、松田事務所としてのイメージダウンに繋がったらどうしようというのもあり、躊躇したのですが・・・確定申告のこの超繁忙期にサラサラ~と書けることが他になく、しかも今回は「新型コロナ」スペシャル版として普段の倍の量が必要となってしまいましたので思い切ることにしました。

 荒木家は、僕と妻、そして5歳4ヶ月になる息子の3人で築50年以上経つ昔ながらの長屋(家と家との間に隙間がなく、両隣の壁が一体となっている家屋)の一つを借りて生活しています。壁が薄いので、子供が赤ちゃんの時は泣き声で迷惑かけていないか心配でしたが、「赤ちゃんは泣くのが仕事やし、気にしんでもいいで~」と皆さんから温かい言葉をかけてもらえたりと、かなりご近所さんに恵まれた環境で赤ちゃん時代を過ごさせることができました。

 成長した今は、朝っぱらから大声で謎の歌を歌ったり、その歌に合わせて壁をドンドン叩いたりとやってしまっていますが、恐らく同じように「子供は大声で歌ったり、はしゃいだりするのが仕事や」と言ってもらえるだろうと勝手に思い、心の中ではご近所さんに日々感謝して過ごしています。

 今現在、子供をどの小学校に入れるかで頭を悩ませていますが、幼稚園を選ぶ時も同じようにどの幼稚園に入れるかは結構悩みました。妻は看護師をしていますので、働いている病院に附属している保育園に入れるという方法もあったのですが、その保育園の評判があまり良くなかったというのと、住んでいる所から自転車で20分程のところにかなり評判の良い幼稚園があるということで(子供を実際にそこに通わせている松田事務所のお客さんから、生の声を聞いて心が動いたということも大きかったです)、今の幼稚園に通わせることにしました。

 ただ、この幼稚園は評判がいいだけあって、セレブな幼稚園であることや(身分が全然違う・・・)、妻の仕事の継続が困難になる(自宅から勤務先の病院まで通勤に1時間近く要する&正社員だと休みが取りにくい・・・)等で色々悩んだのですが、小学校に入るまでの小さい時期の環境が子供にとっては一番大事だということもあり、思い切って今の幼稚園に入れることを決断しました。その結果、妻は職場を変え、自宅付近の病院でのパート勤務になるなど、様々な変化はありましたが、幼稚園自体は本当にとても良いとこで、園長先生の考え方や、先生方の意識の高さに感謝しまくりです。

 子供が幼稚園に入った当初は、既にお兄ちゃん・お姉ちゃんがいるママ友さん達が、子供の習い事の送迎で忙しくしているのを見て、「え?幼稚園が終わった後、毎日習い事入れてはるん?それは子供がかわいそうやなぁ。親のエゴやでー。ああいう風にはなったらあかんな」なんて妻と言っていたのですが、今現在はというと、「ああいう風」になっちゃってます・・・

 うちの子供は、幼稚園がアフタースクールとしてやっている「イングリッシュ」や「体操教室」も含めて、「絵画」「ピアノ」「塾」と全部で5個の習い事を毎日こなすという日々を現在送っています。(また、「アースレンジャー」という月に一度の野外活動プログラムにも参加していますので、正確には6個になりますが)

 部屋に貼ってあるカレンダーにはスケジュールがビッシリ書かれており、風邪をひいてスケジュールに穴を開けようもんなら、その後の調整がめちゃめちゃ大変になります。(いや、別に振替えをせずに休ませてもいいのですが、それでは勿体ないので・・・)

 さて、どうしてこんな風になってしまったのかと言いますと、

 うちはひとりっ子ということもあり、家に帰ってきても遊ぶ兄弟がいないし、近所にも一緒に遊べる子供がいないので、それだったらどこかで遊べる環境があった方がいいかなとなり、更に、それだったら遊びながらも何か学べる方がいいんちゃうとなり、どんどんあれこれ増やしていった結果、気が付くと平日はスケジュールいっぱいでもうこれ以上増やせないやんという状態にまでなってしまいました。

 ただ、元々遊べる環境を作るというところからスタートしていますので(何かを習得させたいという発想でなく)、習い事といってもビシビシ厳しくいくところじゃなく、できるだけゆる~いところを選んでいます。

 「イングリッシュ」や「体操教室」は幼稚園の慣れ親しんだところでやっていますので、ほぼ遊びですし(うちの子だけかもしれませんが・・・)、「ピアノ」も赤ちゃんの頃に通っていたリトミック(音楽に合わせて踊ったり歌ったりする教室)の先生にそのままお願いして教えてもらっていますので、ピアノを弾いている時間より部屋の中を走り回っている時間の方が長いことも多々ありますし。

 「絵画」と「塾」は同じ先生が教えてくれています。「塾」ではどうしても正解を求めるからということで、絵や工作に関しては好き勝手していいという方針のもと、かなり自由に描いたり作ったりしています。(例えば図鑑を見ながらライオンを描くにしても、虹色のライオンを描いてみたりとかで、こっちとしてはそんな色のライオンおらんやろーと突っ込み入れまくりですが)

 「塾」も、他のお堅いお受験塾と違って少人数制で(絵画を習っている子だけが習えるという制限があるため)、少し前までは2人、現在は4人の生徒を、2人の先生で見てもらっておりと、めちゃめちゃアットホームで、いつ迎えに行っても「きゃーきゃー」「わーわー」とはしゃぐ声が外まで聞こえてくるような感じでめちゃめちゃ楽しんでます。


 という風に、習い事の内容自体はどれもゆるい感じで、子供が楽しんで行けてるという点で問題は全く無いのですが、金銭的にはキツい感じで、こっちは問題ありまくりです。

 その問題の一つが僕の「貧乏性」です。元々貧乏性の気はあったのですが、習い事が増えていくにつれてそれが輪をかけてひどくなってしまい、「これをやめたら、これとこれの習い事分浮くなぁ」とか「これそろそろ買い直したいけど、あの習い事何ヶ月分になるんやろ」とか全てが習い事を基準に発想するようになってしまったのです。

 具体的には、平日のお昼に食べに行ったりするのをやめたり、週末に子供と出かけた時のランチを僕は我慢して子供だけにしたりという、セコイ事もやっちゃってます。

 ちなみに子供とのランチで一番安上がりになると思っているのが回転寿司です。うちの子供は食べるものが決まっており、卵・納豆巻・かっぱ巻の3皿しか食べないので(何故かこういう回転寿司では魚を食べないのです)合計330円で済ますことができます。幼児連れのお父さんにはかなりお勧めではありますが、お皿を数えてもらう時の店員さんの「え?これだけ?」という視線に耐える力は必要となります。(あ、もちろん妻には内緒です。妻は人の目を割と気にするタイプですから、こういう事をやっているとバレてしまうと、もう二度とその店には行けないやん!とかなりキツく怒られてしまいますから・・・)

 と、他にも節約(ケチではないです)方法はあるのですが、あまり書きすぎると本当に事務所のイメージにかかわることになりますので、このあたりにしておきます。

M-Times 2020.1

民主主義は非効率ですが・・・ 2020.1

 監査部の荒木です。実は前回の「民主主義とは」では字数の関係上、本当に言いたかった事が言えていないので(家庭内での不平等な扱いのことを言いたかったわけでは決してないです!)、今回もまた民主主義について思うことを熱く語りたいと思います。

 オルテガ・イ・ガセットというスペインの哲学者(評論家の西部邁が影響を受け、しばしばオルテガの発言を引用)は、民主主義の本義を「敵と共生する、反対者とともに統治すること」と言っています。また、内田樹・神戸女学院大学名誉教授は、民主主義のルールは「少数意見の尊重」と言います。「反対者とともに」統治することや「少数意見」を尊重することは、非効率的で、現代社会のスピード感に対応していけるとは到底思えません。民主主義はもう時代遅れの制度ということなのでしょうか。

 この疑問について内田樹氏は、「民主主義は非効率的なものに見えるが、国難的危機のときには強い復元力を持つ制度である」と言います。そして、「できるだけ多様な立場の人を合意形成の当事者に組み込むことで集団の復元力を担保する仕組みである」と。つまり、組織運営において死活問題となるような失敗をした場合には、できるだけ多くの人が当事者意識を持ってその失敗に責任を感じ、挽回への協力体制を形成するということが必要となり、それを可能にするのが、「できるだけ多様な立場の人を合意形成の当事者に組み込んでいる」制度(本来の民主主義)である、ということです。逆に、「多様な立場の人の合意が無いまま多数決で決めると、決めたことが失敗した場合、排除された側はその失敗を嘆くどころか『ざまぁみろ』と思うようになる。組織全体で考えた場合、この様な組織が繁栄していくはずがない」と、内田樹氏は言います。

 要するに、民主主義は、目先の効率性や生産性を考えた場合には無駄なように見える制度だけれど、存続・継続を考えた場合には有効な制度である、ということです。

 企業等の研修で使われるものにコンセンサスゲームというものがあります。コンセンサスとは合意形成のことで、これは、チームで話し合いながら全員で1つの結論を導き出すことを目的としたゲームです。このゲームには、「宇宙」「砂漠」「無人島」など様々なシチュエーションがありますが、例えば「宇宙」では、こういう内容となります。

宇宙船が故障により、月に不時着した。本来は、陽の当たっている月面上に母船が迎えに来ることになっているが、それは不時着地点からは300km離れた位置になる。不時着した時に宇宙船は完全に壊れ、中の設備も使い物にならない。生き残るためには何とかして母船が迎えに来ることになっている場所(300km先)まで辿り着かなくてはならないが、使えそうなものは15品のみしかない。
この15品の品物リストから、母船に辿り着くために必要だと思う物を1~15位まで順位付けする。まずは相談せず各自が順位付けを行い、その後、グループで相談して順位付けを行う。この時に意見がまとまらないとしても、多数決で決めることは許されておらず、必ず全員で話し合って決めなければいけない。

 このコンセンサスゲーム「宇宙」には、NASAの模範解答があり、得点を付けることができるのですが、頭脳的に優れた誰か一人が考え、決断するよりも、グループで考えた方が、相対的に得点が高くなる(模範解答に近くなる)ようです。

 つまりは、優れた頭脳や知識、経験等を有する者が方針を考え、決断を下す方が効率的に思えますが、たとえ時間がかかったとしてもできるだけ皆の意見に耳を傾け、その意見を尊重した上で決断をする方が、グループ内の結束力が高まり、結局は生き残れる確率が高くなるということです。

 「民主主義の意義」や、「コンセンサスゲーム」を取り上げることで何が言いたいかと言いますと、会社経営においても同じことが言えるのではということです。株式会社というものは、本来、非民主的な組織です。株主から経営を任された役員が経営を担い、利益を出すことを目指して様々な経営判断を行っていきます。社員はその指示に従って動きますが、経営判断に同意する人間は重用され、反対する人間は排除されるという性質を有します。

 「株式会社」としてのやり方で業績を伸ばしてくることができた会社であっても、ますます小さくなるパイを取り合い、過当競争が激化していく社会においては、今までと同じやり方をしていては行き詰る時が来るかもしれません。そこで、利益を追求するための効率性や生産性を後回しにし、非効率ではあるけれど、「民主的に」会社を運営してみるという事も会社存続を考えた場合はアリかもしれないなぁと思ったりします。