M-Times 2024.12

シン・松田事務所

 松田事務所の荒木です。10月に亀山が松田事務所の一員として加わり、新しい松田事務所としての体制が出来上がりました。今までの人員でも滞りなく業務をこなすことはできていたのですが、実は、それぞれがフル稼働状態に近い状態で何とかこなしていた、という側面がありました。このままですと誰か一人に何かがあった場合、他の人がフル2(フル×フル)稼働せざるを得なくなる、という恐ろしい事態になることに内心怯えつつも、いやぁでもまぁ今まで誰も大きなケガや病気をせずこれてるし、今後も大丈夫でしょう!という何の根拠も無い甘い考えにすがりながら今まで何とかやってきました。

 それが、ようやく、誰かに何かがあった場合でも、他の誰かがフル2(フル×フル)になる程の負担を強いられることなく業務をこなしていける体制が出来上がったわけです!!! と言ってもすぐにそうなることを望んでいるわけではなく、亀山にはこれからゆっくり時間をかけて松田事務所に馴染んでいってもらったり、仕事を覚えてもらったりしながら、自然とそういう体制になっていけばいいなと思っています。

 これを書いている時点では、まだ亀山が入社してから1ヶ月程しか経っていないので、何処まで彼女のことを分かっているのか(いや、そもそも何年経っていたとしても「分かる」ことなんてありえるのか・・・)全く自信がありませんが、今は、すっごい努力家だなと思って見ています。努力と言っても、それを小さい頃から当たり前のようにやってきているような感じがしますから(あくまでも僕の想像?妄想?ですが)、彼女からしたら全然努力とも思わずやっていることなんでしょうが。

 そもそも、亀山を採用する際の僕の中での決め手の一つとなったものに、コラム『行雲流水』に書いている「野球のフライ」の内容に亀山が共感してくれた、ということがあります。ちなみに、『行雲流水』とは僕が事務所のホームページに時々気の向くままに書いているコラムです。基本的には、割とど~でもいいような内容ばかりなのですが、たまに自分の中の信念的なことも書いている時があって、この「野球のフライ」がまさに“その時”になります。どんな内容だったのか『行雲流水』から転載(一部変更あり)してみます。

 もうかなり昔の記憶すぎて、何に書いてあったのかも分からなくなっていますが、(村上春樹の「神の子どもたちはみな踊る」の中の一場面だったような・・・)そこに出てくる小学生は、友達との遊び(野球)の中で、打ち上げられたフライを取れるかどうかが、「人生のすべて」だった、というような内容がありまして、それを読んだ僕はめちゃめちゃ衝撃を受けました。

 既にオトナになっていた僕からしたら、フライを取れるかどうかは大したことではなくなっていました。取れずに落としたとしても、特に自分の中で何の変化も起きないくらいです。でも、「その子」にとっては、フライが取れるのと、取れずに落としたのでは全く違った未来が訪れる、くらいに大きな変化が起きるのです。そしてそれは、その子にとってはたまたま「野球のフライ」なだけであって、皆それぞれが、それぞれに同じくらいの正念場というか、そのことで未来がゴロっと変わるくらいの「何か」に賭けるトキがあるわけなんです。

 けれど、それは、その人以外から見たらすごくちっぽけなことだったりする、というごくごく当たり前のことなんですけど、その時の僕は、そういうことに無頓着で生きてきてしまっていたこともあり、その言葉が、その場面が、ずっと心に残り続けることになりました。そして、それ以来、その場面を事あるごとに思い出す「僕」になっています。

 たとえ仕事が超繁忙期の時であったとしても、ちょっとした困りごと等の相談のようなものは入ってくるわけですが、そんな時はついつい、「い、いまですか・・・」とか、「そ、それ・・・ですか」とか思ってしまう自分がいて(ほんま小さい人間やなぁって書いてて思いました・・・とほほ)、その時にこの場面が浮かぶわけです。そして、「あかんあかん、人生かかってはるかもしれんやん!」と思い直して真剣に耳を傾けることにしています。そしていつかは、いついかなる時でも、「い、いまですか・・・」や「そ、それ・・・ですか」すら一切思わずに即座に応じられるようになりたいな、と思います!

 という内容になります。そして、このことに共感してくれて、「些細なことにも誠実である税理士」を目指していきたい、と面接時の作文に書いてくれたわけです。亀山は、今までの人生の中で培ってきたものだけでも既にキラキラしているのに(これも僕の勝手な想像?妄想?)さらにプラスして「些細なことにも誠実である税理士」になったとしたら、そりゃもう僕的には最高にうほほ~いです


M-Times 2024.11

はじめまして

 10月1日より税理士法人松田進税理士事務所に入社いたしました、亀山 結夢(かめやま ゆめ)と申します。今年の3月に大学を卒業した岡山県出身の24歳です。安心して任せていただける仕事を少しずつ増やせるよう、日々頑張りますのでよろしくお願いいたします。

 私は趣味が多く、ハンドメイド、ライブ・フェス、映画鑑賞、ドライブ、旅行、ディズニーに行くことなど多岐にわたります。好きなことがたくさんあるので、自己紹介もかねてここで少し語らせていただきます。

 趣味のハンドメイドは編み物、ピアスなどのアクセサリー作り、ネイルチップ作りなどをしています。細かい作業が大好きで、気がついたら1日中編み物をしていて、足や首が固まって動けなくなったこともあります。冬になると毛糸がたくさん売られるので、どんなものを作ろうか、どんなデザインにしようか・・・これからの季節が楽しみです。最近DIYにも少し手を出してみましたが、学生時代に技術の成績が良くなかったことを思い出し断念しました。

 さらに私は好きなバンドもたくさんいて、多いときでは毎月ライブに行っています。また夏には、香川で開催されるモンスターバッシュというロックフェスに行くのが毎年の楽しみとなっています。自然の中で1日中好きなバンドの音楽を浴びることができて、ものすごくパワーをもらえます。今年も行って、腕だけ日焼けで真っ黒になり、少し恥ずかしい半袖の日々を過ごしました。

 映画は特に細田守監督のアニメ映画が大好きです。今年の夏に「サマーウォーズ」が映画館で復刻上映されたので観に行きました。小さいころから今までに何回も何十回も観るほど大好きですが、DVDやサブスクでしか観たことがなかったので映画館の大画面と音響で観ることができて感激しました。より一層好きな映画になりました。ほかにも同じく細田守監督作品の「バケモノの子」も大好きで、昨年は、劇団四季による公演も観に行きました。好きなキャラクターが本当にそこにいるようで映画とは違う壮大さがあり、感動しました。

 ドライブは、自分が運転でもそうでなくても、車に乗って走っていることが好きです。予定のない日はだいたいあてもなくドライブをしています。ただ都会の道は難しくて、よく迷子になってしまいます。私はかなりの方向音痴ですが、いつか大阪・京都くらいは庭だと言ってナビなしで走れるようになりたいです。車自体も好きで乗りたい車が絞り切れません。

 旅行は予定をいっぱい詰めるより、温泉でまったり派です。ここ数年では加賀温泉、皆生温泉、玉造温泉、道後温泉に行きました。次の目標は別府です。ディズニーはそれとは逆で、予定みっちりで毎回へとへとになっています。最近は毎年2.3回行っていますが、アトラクションもショーも食べ物も毎回したいこと食べたいものが多すぎて困っています。今年は9月の初めに行き、ディズニーシーにできた新エリアを満喫してきました。映画で見た街並みや風景がそのままそこにありました。

 まだまだ書ききれないほど好きなものがたくさんあります。

 趣味の話ばかりで長くなりましたがここまで読んでくださりありがとうございます。好きなことがたくさんあるように様々な物事に興味関心があるので、仕事においてもたくさんのアンテナを張り、たくさんのことを吸収し成長していけたらと思います。これからよろしくお願いいたします。


M-Times 2024.10

ソフトボールチームいざ公式戦へ!第4話を書くつもりが・・・

 (別の話から書き始めたらスペースなくなりました)

 監査部の小島です。先日痛めた大腿四頭筋(右太腿の前側)の回復を待っている小島です。

 「キャッチャー!!!」というベンチの声を背に、バッターが打った小フライを取ろうと右足を踏ん張っての急な方向転換。この時に右太腿がピキッとはなったものの、その後プレーもできていましたし、多少感じる違和感も筋肉痛が当日にきたのかなというぐらいの感覚でしたが・・・。

 それは今年の7月14日、ソフトボールの1Day大会でのことです。この大会はドラゴンハットという屋根付グランド(滋賀県竜王町)で毎年7月に開催されています。全6チームが参加し、1日で80分ゲームを3試合するというなかなか過酷な大会です。全3試合に4番キャッチャーとして出場しました。蒸し暑い日でしたので熱中症対策として、充分な水分と塩分チャージタブレッツを持参していました。第1試合は問題なく終えたのですが、第2試合に軽い熱中症に・・・。3回表、相手に一挙9点もとられてしまい、その間ベンチに戻ることができないため水分補給ができずにずっと守備。ベンチに戻ると少し寒気もするし、足もつりかけている状態。そんな姿を見かねた主催者から貰った経口補水ゼリーを一気に飲み、さらに水分補給もしてなんとか試合終了までプレーしました。

 あと1試合あるのか~と思いながら、昼食のおにぎりを食べて十分に水分補給していると、先程よりも体が楽になりました。お腹がすいていたから熱中症になりかけたのか!と、全く根拠のない理由に自分で頷きながら第3試合の準備を始めました。

 疲労も蓄積されての第3試合が始まり、万全とは言い難い状態でむかえた2打席目、思い切って引っ張った打球は、サードと3塁ベースの間を鋭く抜けてレフトも追いつけない。この大会のルールでは、外野をゴロで抜けた場合はプレーが止まらないため(一定のラインを超えたので2塁打にしますとはならない)必死に走ってランニングホームラン!熱中症で足がつりかけていたり、ランニングホームランを打ったりと、一日中足に負担をかけまくってきたあと、冒頭のシーンをむかえたのです。

 3試合目が終わった後にピッチング練習ができていたので、自分自身特に気にもしていませんでした。右太腿には筋肉痛のような、でも少しいつもと違う感覚(張りがある感じ)があり、次の日には左太腿にいつもの筋肉痛が出始めました。左太腿は3日ほど、右太腿は5日ほどで痛みも消えていきました。右だけ長引いたのは何で?とは思いましたが、やはり筋肉痛やったのかなと安心していました。

 その1週間後、高校の時の野球部の先輩からの依頼で、先輩が主将をされているソフトボールチームの助っ人に行きました。最近は人の集まりが悪く、この日も9人揃えられないという状況での依頼でした。1打席目でファーストへ走る際に右太腿に違和感が出始め、走るたびに痛みが増していきます。2試合目はキャッチャーをしていたのですが、途中でしゃがむのも無理となり、ベンチに下げてもらいました。人員不足を補うための助っ人が負傷交代・・・何とか交代人員はいたものの、すごく迷惑をかけてしまうことになりました。

 さすがにこの症状はおかしい思い、後日整形外科へ。検査の結果は大腿四頭筋の肉離れでした。前側(大腿四頭筋)の肉離れは、治るまでに3週間ほどの時間がかかるようです。

 そういえば、今回経験したのは筋肉痛とは少し違う、張りがあるような感覚でした。ん?この張りって・・・これがスポーツニュースでよく聞く、『太腿の張りで登録抹消』のあの張りか!

 今までは、ちょっと張りがあったぐらいで休養・・・、たいしたことないやろ~とか思っていましたが、今後は考えをあらためます(笑) 早めの対処をしないと痛めるし、回復まで時間がかかっちゃいます。ケガ・ダメ・ゼッタイ!


M-Times 2024.9

涼を求めて

 監査部の原です。お盆ということで友達と1泊2日の大阪旅行に行ってきました。まず1日目はユニバーサルスタジオジャパン(USJ)に行きました。「この時期は人混みがヤバいのでは⁉」と思いもしたのですが、ネットで調べていると、お盆は年間パスポートが利用できない期間で、かつ通常時よりも値段が上がることもあり、意外と空いて狙い時とのことでした。確かに入場券だけで10,900円は高すぎな気がします。調べると通常だと大人1人9,400円みたいです。
 結果は確かに普段の夏休みよりはましではあるものの…という程度でした。そのため、楽しめはしたのですが、人混みと猛暑にやられてしまい、2日目に予定していた大阪食べ歩きツアーをする気力が無くなりました。 
 そこで、室内を中心にした大阪観光に変更したのですが、他の人も考えることは皆同じなのか、室内で楽しめそうな所は何処も彼処も人だかりで、涼を求めて滋賀県への早期撤退を決めました。

 JRで大阪駅から終点である滋賀の草津駅まで電車で戻ったのですが、殆ど満員だった電車を見て「流石にお盆は滋賀も混んでいるのか?」と話していました。ですが、京都駅に着いた途端、乗車客の9割以上が降りてしまい、「おい京都駅が終点ちゃうぞ」と言いたくなりました。これを見てすかさず私たちは、「滋賀の魅力再発見会議」なるものを開催してしまいました。全員滋賀県が地元のため勿論様々な案が出ましたが、涼しくてかつ、空いている場所となると中々思い浮かばず苦労しました。今回は採用しなかったものの良さげな場所がいくつかあったので訪れた際はまた紹介したいと思います。結局今回の旅行では、最終的に野洲川の上流に行くことになりました。

 ここは甲賀市(こうがではなくこうかと読みます)にある県下最大の河川で、ダムが建設されています。ダム周辺で一旦車から降り、自然豊かな周りを歩いているだけでも心が穏やかになります。探索していると「野洲川ダム紹介」と書かれた看板がありました。それによるとここは昭和26年に完成し、その後平成22年に改修工事をまで完了したとのこと。その中に、作成された目的も記載されており「かんがい」となっていました。
 ここで「あれっ滋賀県は昔から近江盆地と言われるほど農業に適した土地のはずで、灌漑が必要なイメージ無いな?」と思いネットで調べてみました。するとここを含め琵琶湖に流入する多くの河川は天井川(砂礫の推積により川底が周辺の平面地よりも高くなった川のこと)であり、しばしば水不足や水害の被害が頻発していました。これらを解消する目的で建設されたとのことでした。
 天井川になった原因として、1000年以上前から平城京の造園や寺社仏閣県立のために森林が伐採され、江戸時代には全国的に知られる禿山となっていたとのことです。明治以降の治山工事により植林されたことで、現在では森林が回復しています。これらを踏まえた上で再度辺りを見回してみると、昔このような酷い状況があったとは分からない程自然豊かで、この景色も当たり前ではなかったのかと感慨深くなります。

 思いの他野洲川ダムを楽しんだ所で、本来の目的である涼を求めて上流に移動しました。水が透き通っており木々が近くにあるため日陰になっているところも多く、静かで水浴びしながらボーとするには最高の場所となっています。昨日の暑さや人混みでの疲れが綺麗さっぱり洗い流されたような感覚に浸れました。これには「やはり根っからの都会民にはなれないのか?」と笑いあっていました。
 今回は急に予定変更したため出来なかったのですが、この野洲川辺りは時期によっては釣りを楽しめる場所としても有名みたいなので、今度来るときにはのんびり釣りでもしたいものです。ここらの魚は土山漁業が管理しているみたいで、遊漁券を購入しないで釣りをしていると密漁として捕まるので、ご注意を。
 ちなみにですが、密漁禁止の看板を見て魚どれくらいいるのか期待して上流の辺りで水浴びしていた際には食べられそうな魚どころか小さい魚さえ一匹も見なかったので、本当にいるのか?と疑ってはいます(笑)。
 ドタバタな1泊2日の旅行でしたが、地元で今まで注目していなかった場所で楽しめたりと新たな発見があり良き旅行となりました。皆様も涼を求めて一度滋賀に訪れてみてもらえれば幸いです。


M-Times 2024.8

1年を振り返って(育休期間編)

 監査部の大石です。3ヶ月前のエムタイムズで、産休期間編(令和5年4月~5月)を書かせていただきました。今回は、育休期間編(令和5年6月~令和6年3月)をお届けしたいと思います。

 さて、育休期間は育児に奮闘しながら、お宮参りやお食い初め等の行事や、彦根市主催のぴよぴよサロン(市内在中の2~4か月児と保護者のおしゃべり会)等の行政主催の会がありそこへ参加する等、時々息抜きをしつつ、忙しい毎日を過ごしました。夏には保育園見学にも行きました。有難いことに家の近くに保育園が5か所あり、全部周りましたが、どこも子供の元気な声が響いていました。夏といえば、昨年の夏も猛暑が続き、暑さに思わぬ影響を受けたのが予防接種でした。

 予防接種について少し説明をしますと、出産後、1ヶ月を過ぎたあたりで、彦根市から『予防接種 予診票つづり』と『予防接種とこどもの健康』という小冊子が送られてきました。予防接種はいずれ受けるものという認識はあったのですが、まさか、生後2か月から5種類の予防接種を受けることになるとは思ってもみませんでした。5種類の予防接種とは、Hib(ヒブ)感染症や四種混合(ジフテリア・百日せき・破傷風・ポリオ)、小児の肺炎球菌感染症、B型肝炎、ロタウイルスです。このうち、ロタウイルスは、安全性の観点から期間限定のものだそう。しかも、それぞれ1回のみの接種ではなく、2~3回に分けてコンスタントに受けていかないといけないとのことでした。何故かというと、1回の接種では免疫が獲得できないため数回に分けて接種する必要があるそうです。もちろん、1種類ずつ受けていくことも可能ですが、種類も回数も多く、コンスタントに受けていくとなるととても1つずつ受けるのは難しそう。その問題を解決するために有効な方法として同時接種という方法があるそうです。接種する病院に聞いても、今は同時接種される方が多いとのこと。副反応が出た場合、どのワクチンで出たか、わからないという点はあるものの、必要な免疫を早めにつけるためにも同時接種することにしました。

 6月中頃、予防接種の日がやってきました。予防接種は午後からなので、午前中はそわそわしながらいつも通り過ごし病院へ。母子手帳や予診票を受付に出し、体温もクリアしたので、順番が来るまで待合室で待っていました。周りを見ると同じような月齢の赤ちゃんを連れた方や、2~3歳のお子さん連れの方もいて、診察室からは子供の泣き声が聞こえてきます。そして、名前を呼ばれ診察室に入りました。先生による予診票のチェックや看護師さんによるワクチンの準備、そばで見ていて、5種類もワクチンがあると大変だなと思いました。ところで、娘が病院に行くのは今回が初めて。まだ首が座っていないので、診察ベッドに寝かされての問診です。聴診器は大丈夫だったのですが、喉を診るのにヘラのような器具(舌圧子というそうです。)を口に入れられたとたんに大泣き。問診の結果も大丈夫だということで、いざ接種へ。最初は、小さいチューブの容器に入ったロタウイルスの経口接種から。先生曰く、少し甘いそうですが、娘にしたら、何を飲まされたのかとここでも大泣き。先生は手慣れたもので、数回に分けて飲ませていました。次は、注射器での接種ですが、4か所をどこに接種するのかと見ていると、左右の二の腕に少しずらして上下2か所でした。乳児用なのかよく見る注射器とはまた違った注射器で、量も少量でしたが、もちろん娘は最後まで大泣きでした。でも、不思議なことに診察室を出るとぴたっと泣き止み、小さいながらもわかるのかと驚きました。次の接種の予約をして帰宅すると、その日の夜に副反応の患部の腫れと、丸1日の発熱はありましたが、それ以外は問題なく熱が下がってからは元気に過ごしていました。

 それから1か月後、今度は2回目の予防接種(2回目も5種類)です。暑い日が続く中、体調に気を付けながら、接種の日を迎えました。予約時間の少し前に病院に行き、予診票等を受付に出し、体温を測ると、37.8℃。えっ・・・。受付の方に言うと、「外の気温が高いから体温が上がったのかな。もう一度測ってください。」と言われました。しかし、何度測りなおしても、37.5℃以上で、ぎりぎりまで粘ったのですが、最後に測っても37.5℃。受付の方に無情にも、「今回は接種できないので、また来てください。次回はいつにしましょう?」と言われ。娘は至って元気だったのですが、発熱している以上接種はできないとのことで、泣く泣く次の予約をして帰りました。帰宅してから、測りなおすと37.3℃。思わず、「おい。」とツッコんでしまいました。周りに聞くと、よくあることらしく、少し早めに行って体を冷ましてから体温を測るなど、対策をしたほうがいいと教えてもらいました。さあ、リベンジです。いつも以上に体調に気を付けて過ごし、当日は早めに病院に行き、体温を測ると案の定、37.5℃以上ありました。受付の方にも協力してもらい体を冷まして測ること数回。やっと37.3℃になり無事接種完了。3回目以降も同じような作戦でいき、予定通り接種することができました。

 育休期間編は、予防接種の話ばかりになってしまいましたが、振り返ってみると本当にあっという間でした。ですが、改めて、一日一日を大切に過ごしていきたいと思いました。


M-Times 2024.7

自分の時間を差し出す

 松田事務所の荒木です。僕が住んでいる町内は120世帯程が6つの組に分けられており、それぞれの組には組長がいます。そして、組長は基本的に家の並び順で毎年決まっていくことになっています。また、それとは別に、会長・副会長・会計の計3人が決められ、各組の組長である6人と合わせて合計9人で1年間町内会の"役"というものを担っていくことになります。

 実は今年"会計"という大役を仰せつかることになりました。組長ですらまともにやった事が無かったので、何をどうしたらいいのかチンプンカンプンですが、他の方々に助けられながら何とかやっています。

 まだ今年度が始まって3ヶ月程にしかならないのですが、町内会の役員として関わるなかで、ちょっとしたトラブルに遭遇しました。最近は町内会に入らない、という家もあるということは聞いていましたが、実際にうちの町内会でも「入る・入らない」問題が起きまして、結局、町内会に入るメリットが無いということで、その方は「入らない」を選択されることになりました。そして、この事をきっかけに自分なりに町内会というものをあれこれ考えてみることにしました。

 実際、町内会の"役"をやってみますと、町内会として色々な取り組みをしているのだなということを知ることができます(昔は今と比べ物にならないくらいの取り組みがあったそうですが…)。そして勿論、これらの取り組みを行うにはそれなりに時間を要するわけですから、そのために役員の方々は自分の時間を差し出して、色々な「場」に出て来られている、ということになります。そんなのめちゃめちゃ当たり前過ぎることなんですが、僕の場合は自分の時間を差し出したことでようやくきちんと理解できるところまで来ました。

 そして、そういったことが理解できた結果として最近思うようになったのは、仮に町内会自体が、今はもうそれ程意味の無いものになっていたとしても、「自分の番が回ってきたら、そっと自分の時間を差し出す」という仕組み自体には意味があるのでは、ということです。

 考えたらすごい仕組みだなと思います。差し出すことになる「自分の大切な時間」に見合うものが得られるわけでもなく、損得だけで言えば明らかに「損」が大きいにもかかわらず引き受けるわけですから。勿論、中には「町内」に対する愛情を持ち、「町内」を守りたい、という気持ちから引き受けられている方もいらっしゃるでしょうけど、恐らく大半の方にはそこまでの想いはなく、ただ、「順番が回ってきたからやる」「引き受けてくれないか、と頼まれたからやる」くらいの感じだと思います。でも、だからこそすごいなと思うわけです。自分にとっての「損」の方が大きいにもかかわらず、「自分の番が回ってきたから」というだけで、自分の大切な時間を差し出しているのですから。(と、僕が勝手にそう思っているだけなので、諸々違っていたらすみません…)

 確かにそういう仕組みって同調圧力のようなものであったり、いじめに繋がったり、と色々問題になる側面がありますから、安易に採用することはできないと思います。ただ、「町内会」や「PTA」(実はPTAも町内会と同じような面があるのではと考えていまして…)といったものにはそれなりに機能するような気がしています。どちらも「自分の番が回ってきたら、そっと自分の時間を差し出す」人たちのおかげで何とかその「場」が守られている、というような状況だと思いますので。

 もし仮に、多くの人が、損得だけを考えた上で「自分の時間を差し出す」かどうかを判断する、ということを常態にしてしまったとしたら、「組織」(特に営利を生まない組織)というものは今後維持していくのが困難になっていくような気がします。更にもっと言えば、自分たちにとって一番身近である家庭内においても、同じように損得だけの判断によって「自分の時間を差し出す」ということをしてしまうようになったら…と考えたら怖くなりますが、さすがにそれは無い…ですね。

 でも、どちらにせよ「自分の時間をそっと差し出す」ということを「自然」にできる人が多い程、そこに属する皆にとって居心地の良い「場」になる気はします。周りで誰かが困っている時、忙しそうにしている時、何かが片付けられずに放置されたままの状態になっている時、それに気が付いた「誰か」が「自然」にそっと自分の時間を差し出して、手助けをしたり、片付けをしたりすることで成り立つことって結構あるような気がしますから。

 と思いながら、自分自身を振り返ったら・・・僕自身は全然だったりしますが・・・ま、これもボチボチということで。


 M-Times 2024.6

高槻Jazz Street 2024

 総務の石田です。~「高槻を、音楽があふれる楽しいまちにしよう!」という思いから、1999年に始まった「高槻ジャズストリート」。毎年ゴールデンウィークの2日間開催し、今年で第26回を迎えます。みんなで楽しんでほしいから、すべての会場が入場無料!の日本最大級手づくり音楽イベントです。~ 配布パンフレットより

 “高槻ジャズスト”は、わが町、大阪府高槻市が誇るGWの大型イベントです。ジャズフェスティバルというのは日本各地で催されていますが、その規模(例年の出演バンド数800弱、観客動員数10万人以上)で申しますと、なかなか高槻スゴイんです。2大メイン会場の桃園小学校グラウンド、高槻一中グラウンドでは、お洒落なバーのコンテナを中心に、グルメ屋台が連なり、まさにオトナのお祭り!という感じ。老若入り混じる大勢のスタッフはボランティア。また、高槻市営バス「パラダイス号」なる無料巡回バスが運行され、その車内も1周1バンドのステージとなります。このように官民あげての手づくり感、町づくり感もまた、高槻市民として誇らしく感動的なんです。高槻市の中心・郊外合わせると60近い会場があり、とにかく広大ですから、当然すべてを見て回れる訳ではありません。事前に全演奏スケジュールが発表されますので、お目当てのプレーヤー(人気奏者は複数のバンドを掛け持ちする)を追っかけるもよし、メイン会場で朝から晩までのんびりするもよし。あるいは、ひたすら街ブラをして、あちこちから響く路上演奏が気に入れば立ち止まり、ライブハウス(入場無料ワンドリンク制)の看板を見つけては、ふらっと入るのも、出るのも自由です。

 さて日本晴れの5月3日初日、私のジャズスト2024は、高槻一中グラウンド11:00、芥川高校和太鼓部(何度もTV出演してる有名部)による、青天を衝く清々しい和太鼓演奏で始まりました。Jazzちゃうやん…というツッコミは野暮ってもんです。祭りですよ祭り。続くバンドは、わが心のジョージア、NY・NYなど往年の名曲をジャズアレンジでピアノ演奏、会場のシルバー達をほっこりさせます。ここで観客層について申しますと、本当に老若男女、幼児から青少年、中年(←最多w)老年、時々外国人と、満遍なくおられます。コアなJazzファンからすると、アマチュアバンドも多く、多彩なジャンルが入り混じるメインステージは、少々物足りなく感じるやもしれませんが、それもまた幅広い方々を集客する魅力であるように思われます。

 さらに立命館大学のBigBand、ご機嫌なSwingを堪能した後、もう一つのメイン会場、桃園小学校へ。地元民の特権として自宅からは自転車に乗って来たのですが、中心部を横断する道中はイベント目白押しですから、あえて自転車押しつつ徒歩移動。人の流れに沿って歩むと見えてくる高槻城公園芸術文化劇場は、北館・南館、コンサートホール4つ、音楽スタジオ4つという贅沢さ(高っけぇ市民税でごっついの建ててる…)で、プロの方々が多く出演されます。ちょうど友人の贔屓ミュージシャンのプログラム開始前だったので、列に並ぼうとしたら、ホールは立ち見も含め席数に限りあり(1プログラム毎に入替制)満員御礼→退散。強い日差しに疲れたら、神社を包む森で休憩Jazz…ここは高槻戎・野見神社。勿論会場です。やがて阪急高槻市駅近辺に差し掛かると、大混雑!にも関わらず、溢れる音楽と、それを楽しむ人々の笑顔が絶えません。商店街では、ここぞとばかり店前にサーバーを置いて“生ビールいかがっすかぁ♪”若い売り子達の額にも玉の汗。ええ頂きますとも。

 桃園小に着。アフロキューバン・ラテンの演奏で、大いに盛り上がってます。私も小躍りしながら、おなじみ高槻バーガー(2018バーガーエキスポ全国1位)の屋台へ直行。肉肉しくってサイコーに美味いんですコレ。このまま21時ラストまで、まったり音楽に酒に酔いしれ、初日は終了。

 さて2日目。折角のGW、飼い犬に留守番させ続けるのは心苦しく、彼を連れて高槻の秘境・摂津峡での水浴びへ。Jazzちゃうやん?いいえJazzです。高槻市を南北に流れる芥川の堤防を、源流へ向かって、ひたすら自転車を漕ぎます。前カゴのトイプーは耳を風になびかせGoGo。左手に現れるのは野外ステージ「あくあぴあ芥川」(謎の公共施設。元はプール施設で、廃墟になると思いきや自然博物館で再生?)fusionのプログラムは準備中…残念、スルーさせて頂き目的地へ。汗だくで登った山の上の摂津峡公園、裏の小道から、清流を目指して崖を降りて行きます。その途中Jazz生演奏が。こんな山奥のBBQレストランも会場なんです。まだ水は冷たいですが、存分に犬と戯れた後、再び怒涛に自転車を転がして山を下り、阪急高槻高架下ステージへ駆けつけます。15時、このジャズストで、私が数年来追っかけ続けるプレーヤーさんが参加するプログラムです。野外なので、犬連れOK。人気バンドゆえものすごい人でステージには近づけません。道路隔てた遠くから、スマホの望遠カメラで眺めつつ、歓声で応援。周りの人々は、私の抱っこヒモに包まれるトイプーに気づくと驚いたり微笑んだり。

 さあ、ここから、私の大本命。メイン会場他は21時には終了しますが、ライブハウスは深夜0時シンデレラタイムまで。真のジャズスト千秋楽です。先程の推しプレーヤーさんが在籍するFunkバンドがオオトリを飾る23時開演を目指し、いったん休息のため帰宅。メシ・風呂・犬猫の世話を済ませ、席の確保を考えて21:30に目覚ましをセットして、目を瞑りました……はっ。パチっと自然に目が開く。妙にすっきり疲労回復しています。ん?ほの暗い部屋の壁掛け時計は……4時すぎ。夢かな?いいえ朝です。時刻セットしたまでいいが、目覚ましボタン押すの忘れてました。

 また来年~(涙)ぜひ皆様、高槻Jazz Street 2025でお会いしましょう!


M-Times 2024.5

復帰のご挨拶

大変ご無沙汰しております。監査部の大石千香子です。
長い間、出産・育児休暇をいただいておりましたが、4月2日より職場復帰いたしました。
当分の間、在宅で内勤させていただくことになります。
子育てをしながらの勤務となるため、ご迷惑をおかけすることもあるかと思いますが、精一杯取り組んでいきますので、よろしくお願い申し上げます。
エムタイムズでのご報告となってしまい大変恐縮ですが、まずは職場復帰のご挨拶を申し上げます。

1年を振り返って(産休期間編)

 改めまして、監査部の大石です。前段で、ご挨拶をさせていただきましたが、昨年に『4月1日から産休に入ります。』と、エムタイムズでご報告して、ほぼ1年後の復帰となりました。図らずも年度単位となり、すっきりとした気持ちで仕事を始められました。
 さて、復帰後初めてのエムタイムズで何を書こうかと考えていたのですが、お休みをいただいていた1年を振り返ってみようと思います。この期間を、産休期間(令和5年4月~5月)と、育休期間(令和5年6月~令和6年3月)に分けてみました。今回は、産休期間編にて、お付き合いいただければと思います。
 産休のご挨拶で、出産予定日は4月中頃と書いておりましたが、実際は10日ほど早まりました。里帰り出産のため、京都の実家で過ごしていた3月31日早朝、体調の異変に気付き、産院に行くと破水していることがわかり、そのまま入院することに。痛みがないのにもかかわらず、破水の事実にドキドキしていると、先生から「破水しているので、(陣痛促進剤等を使って)いつでも産めますよ。」と、言われ、いつでもって・・・、しかも、産むタイミングをこっちで決められるの・・・?と、軽く衝撃を受けました。と、同時に、出産予定日は過ぎるだろうなと、勝手に思っていたので、早生まれとなる心づもりを全くしていなかったが故の妙な焦りと、さらに、出産育児一時金が42万円になるやん!(令和5年3月31日までは42万円、4月以降は50万円になりました。)と、いう切実な焦りも加わり、心の中はプチパニックでした。それから、先生の細かい説明と雑談をしているうちに、ちょっと落ち着きを取り戻し、焦ったところで産まれるときは産まれるかと、流れに身を任せることにしました。
 そこから3日間、3食おやつ付きの優雅な入院生活を送っていたのですが、4月2日に先生から「これ以上長引くなら、明日、促進剤を使おうか。」と、いう話があり、お腹の中で聞こえていたのか、その夜、自然と陣痛が・・・。彦根から夫にも来てもらい、立ち合いのもと4月3日に無事、女の子を出産しました。
 
ちなみに、まだこの時点では、新型コロナは5類感染症移行前でしたが、ワクチン接種を条件に、出産の立ち合いは可能となっていました。ただ、長く滞在することはできず、その日のうちに夫は彦根に帰りました。コロナ対策で、立ち合い以外、入院中は家族と面会できず、洗濯物などの荷物は看護師さんを介してのやり取りとなっていました。おまけに、たまたまなのでしょうが、私が入院している間、新たに入院してくる方が全くいなかったのです。助産師さんや看護師さんは常駐しておられるので、コールすれば来てくれますが、病棟のフロアに一人で入院しているのは静かすぎて、少し寂しく感じました。とはいえ、逆にいうと、貸し切り状態なので、設備は自分のペースで自由に利用できましたし、気を遣わずにゆっくりできたのでイーブンでしょうか。
 出産から5日後、4月8日に子供と一緒に退院しました。外に出ると、桜はもう葉桜になっていました。「来年は、一緒に桜を見に行こうね。」と、子供に話かけながら、実家に戻りました。そこから2ヶ月間、実家で家族の助けを受けながら過ごしました。結婚前まで実家で暮らしていたときも思いましたが、この間も本当に家族の、特に母親の有難みが身に沁みました。
 その実家生活もあっという間に過ぎ、6月の初め彦根に帰りました。本当は3ヶ月くらいゆっくりしたかったのですが、なんと生後2ヶ月から予防接種が待っていたのです。(私も案内が来るまで全く知りませんでした。)と、いうわけで、次回、予防接種の話も含め育休期間編を書いていきたいと思います。


M-Times 2024.4

ソフトボールチームいざ公式戦へ!第3話

ソフトボールチームいざ公式戦へ!第3話

 監査部の小島です。今回は栗東市ソフトボール協会2021年公式戦4戦目「議長杯」からの話です。今回の大会はチームKとチームR、そしてうちのチームの計3チーム。総当たりで順位が決まります。この日、うちのチームの参加者でピッチャーは1人。そしてピッチャー見習いが1人。この見習いとは、1年半前からウインドミル投法(下図)でのピッチング練習を始めた私の事です。練習試合で数回投げてはいましたが、ピッチング練習を始めて間もない私は、上手く投げられるはずもなく、フォアボールばかりで試合をぶち壊していました。そんな状態ではありましたが、今回の公式戦は2試合あり、ピッチャーが1人で投げぬくのは少し無理がありました。そこで3人連続フォアボールならピッチャー交代という条件付きで、先発マウンドに上がることになりました。
 第1試合はチームKと対戦。4-8で勝利しました。打撃成績は3打数2安打、投手成績は3回を投げて3失点で見事勝利投手に!私のピッチングがダメでも、代わりに投げてくれるピッチャーがいると思って気軽に投げられたのが良かったのだと思います。
 第2試合はチームRとの優勝がかかった大事な試合なので、私は投げませんでした。最終回に2ランホームランを打たれて2-4のサヨナラ負けで惜しくも準優勝。打撃成績は2打数0安打1三振と不甲斐ない結果でした。

 チーム内にピッチャーが少ないので、自分も投げられるようになろうとの思いで始めたウインドミルの練習。今は色々なツールがあるので、1人でもそれなりの練習ができます。YouTubeを見て、実際に投げてみて、それをスマホで動画撮影して、動画の確認。自分の頭の中のイメージと実際の体の動きには大きな差があり、その部分の修正のためにまたYouTubeを見る。思うように上達しない状況でも、自分自身の問題点を把握して自分で考え、修正していく作業は面白かったです。
 ウインドミル投法の大事なポイントの一つにブラッシングがあります。ブラッシングとはウインドミルで旋回させた腕を、リリースの瞬間に腰に接触させる投げ方です。(右下図)球速アップやコントロールの安定、変化球を投げるためにブラッシングが重要となります。これが安定しないので自分の投球が安定しない・・・ボールを持っている手が太ももにガッツリ当たって悶絶したり、とんでもない方向にボールを投げてしまったり。

ソフトボールチームいざ公式戦へ!第3話

 せっかく練習をしているからと、初めて練習試合で投げた時は散々でした。投球練習の1球目は手からボールが離れませんでした。2球目もキャッチャーから遠く離れたバックネットの左上の端に当たりました。練習ではそれなりに投げられるようになっていたはずなのに、マウンドに立つと自分の体じゃないような、今どんな風に体が動いているかわからないぐらいのパニックに。確かにマウンドには魔物がいました。ピッチャーはマウンドで孤独、自分で立ち直るしかない。でもその時の自分には無理でした。結局ストライクが取れずにフォアボールばかりで、即交代となりました。
 練習試合で投げる機会は増えましたが、毎度連続フォアボールで即交代。それでも登板機会が多くなり、フォアボールを出すことに慣れてきて、もうどうでもいいと吹っ切れた時から、段々とストライクがとれるようになりました。フォアボールを出したらどうしようって思いながら投げていたから、精神的にも追い込まれ、体も硬くなるという悪循環に陥っていたんですね。

 ソフトボールのピッチャーなんて全くの未経験で、42歳の冬から始めたウインドミルの練習。毎週土曜日の夕方に小学校のグラウンドに行って、壁を相手にウインドミルの練習。その挑戦開始から1年半、先発初勝利につながったのはうれしかったです。まだまだピッチャーと呼ぶには未熟すぎますが・・・。自分で納得のいくピッチングができるまで、練習は続けていこうと思いました。
 2021年シーズンの公式戦は残り2戦、登板機会はあるのか・・・   つづく
 ※ちなみに写真は私ではありません。


M-Times 2024.3

滋賀自慢?

 松田事務所の原です。地元の鉄板ネタと言えば「琵琶湖の水とめたろかぁ!?」です。近年はテレビでも何度か取り上げられた影響もあり知名度?が上がったこともあり、「滋賀県に止める権利無いんとちゃう?」と言い返されるまでが一連の流れとなっていました…。大学の時は初対面の人と話す際は良く話題に出しましたが、最近はめっきり使う機会もなくなり今の今まで忘れていました。

 これを思い出したのは、意外なところからです。1月頃に草津駅辺りで遊んでいた際、晩御飯までの暇つぶしに石山寺に行くことにしました。石山寺は現在の大河ドラマ「光る君へ」の主人公である紫式部が、源氏物語を起筆したお寺です。至る所に紫式部の名前や旗が出ており、猛アピールしていました。それをみて「3年前来たときはこんなに推してなかったやん」と思わずツッコみそうになりました。
 
これも滋賀県あるあるなのですが、江戸時代位までの時代劇なら滋賀県に縁があることが多く、今年もここぞとばかりに盛り上がっています。それだけ昔は重要な土地だったわけです。良く「滋賀県って琵琶湖以外に何があるの?(笑)」と馬鹿にしながら聞かれますが意外と歴史の名所があったりします。まぁ問題はすぐ横の京都が強すぎて話題にならないことですが…。

   さて石山寺に来たのはいいのですが、来るのが遅く数十分で閉館時間だったため殆ど見学できませんでした。代わりに近くに流れている瀬田川付近を散歩することにしました。この時「あれ、こんなに水少なかったっけ?」と感じました。そう言えば琵琶湖の水位が下がっているというニュースをよく見るけれど実際どうなのか、ふと気になり、滋賀県の琵琶湖の水位について検索しました。するとそのページのすぐ下にまさかの「琵琶湖の水とめたろかぁ!?」が載っていました。ちなみに琵琶湖に水が入ってくる先は無数にありますが、流出口は僅か3か所のみです。その三つが瀬田川、琵琶湖疎水、SMBC宇治グリーン発電所取水口の水門です。(恥ずかしながら今まで瀬田川と琵琶湖疎水の2か所だと思っていました…。)
   それぞれ国、京都市、関西電力が管理しており、滋賀県が管理している先はありません。仮に強行して全てを閉鎖した場合、琵琶湖の沿岸部に洪水が発生したりすることになります。結論として「強がって言ってみても私たち滋賀県民は琵琶湖の水を止めることはできないし、滋賀県民にとっても大ダメージ!!なのです。」とはっきり記載されていました。薄々知ってはいたもののこうもきっぱり断言されると言い訳もできないなぁ~と思いつつ、公式に取り上げられる嬉しさもあります。

   かなり脱線しましたが、一応調べた琵琶湖の水位0メートルとは、鳥井川水位観測所(琵琶湖の南側にある観測所)の基準面の高さとのことです。この観測所(高度約84メートル)と大阪湾(高度約0メートル)の高さを比べた際、大体大阪城の天守閣と同じくらいの高さとなります。この基準になった説は色々ありますが、明治7年に鳥井川水位観測所が設置された際、当時の瀬田川の状況などからこれ以上下がることがないと判断した数字といわれています。2月13日現在はマイナス55センチとなっており、例年と比べて低い数字となっています。
 ちなみに琵琶湖の水位低下の対応としてマイナス90センチに到達すると取水制限が検討されるとのことで、リアルに琵琶湖の水が止まる可能性もあります。

   様々な被害がある一方で普段水没しているものが見えるようになります。代表的なのが坂本城の石垣です。この城は水城と呼ばれる造りをしており、本丸が湖に突出していたとされています。大河ドラマ「麒麟が来る」の主人公、明智光秀の居城として知られています。光秀死後大津城の建設に建物、石垣のほとんどが用いられたことで城自体が失われ、現在では幻の城となっています。その意味でも貴重なことでした。他にも豊臣秀吉が築いた長浜城の太閤井戸の跡も水位が下がれば井戸の全体が露出するそうです。機会があれば訪れたいです。
 元々歴史好きなこともあり、この辺は語ると長くなりすぎるのでこの辺りで。意外と地元のことを調べてみるのも面白く、自分が良く知る場所が出てきたりすると、ふらっと立ち寄れるのがまたいいものです。ちなみにこれを書いている間につい琵琶湖疎水に足を運びました。この時期は寒いので流石にお勧めしませんが桜の季節は非常に見応えがあります。


M-Times 2024.2

ゆく年くる年

 松田事務所の荒木です。ちょうど1年前のエムタイムズ(M-Times Vol.44)は、こんな風な書き出しで始めていました。

→『何年、何十年か経って振り返った時、あの年は特別な年だったなと思えるような節目の年というものがあるとしたら、今年は紛れもなくその年になるのでしょう』と。そして、その理由も続けて書いていますが、昨年は、所長の松田が個人事務所時代から52年間もの長期に渡り行ってきていた『常勤』を終え、『非常勤』へと切替えることになった年、でもあったからです。

 さて、あれから1年が経ち、令和5年がどんな年だったのかなと振り返ってみますと、事務所にとってというよりかは、僕にとって色々な「初めて」が重なった激動の1年でした。

 まずは、正月早々コロナにかかり、「初めて」の完全な寝正月となりました。今思い出そうとしても、あの時何を食べ、何をしていたか、全く思い出せません。ただ、寝ようとすると咳が止まらなくなるので、少しでも睡眠を確保するために座ったまま寝ようとしてみたりと、試行錯誤しながら色々やっていた記憶だけがぼんやりあります。

 そして、これもエムタイムズ(M-Times Vol.49)で書きましたが、4月からは息子と一緒に合気道を習い始めました。合気道は、オトナになってから「初めて」の習い事となります。稽古自体は毎週あるのですが、なかなか時間が取れないこともあり、今のところは月に1~2回だけ通う、というゆる~い習い方をしています。でも、これが結構精神的にはキツくて(自分が思っている以上に“動き”を覚えられないので・・)、前回までに習ったはずのことがほぼ一から、場合によってはマイナスからで(間違った覚え方をしちゃったりもしているので)、同じ事を何度教えてもらうんやろっ・・て毎回情けなくなります。

 また、4月からは、町内会の『役(組長)』というものを「初めて」持ちました。これは順番で回ってきたものですが、今までは全くやったことがなかったので、最初は何をどうしたらいいのかチンプンカンプンでした。

 そして、これは僕自身にはあまり関係が無いことなのですが、4月から妻が子供の小学校の『役(クラス委員)』を持つことになりました。幼稚園の時にも『役』は持ったことがなかったと思いますので、これも全く「初めて」の経験となります。

 更に、昨年は実家(母が亡くなるまで一人で住んでいた)を建て替える、ということで「初めて」の家づくりをしました。工務店さんと十数回の打合せを重ね、それでもまだまだコミュニケーションが足りなくて思った通りにはいかず、最後の方は工務店さんやご近所さんともギクシャクしてしまいましたが・・・何とか家は完成し(詳細は、松田事務所ホームページ内のブログ「行雲流水」に掲載)、お正月も無事この新しい家で迎えることができました。

 また、事務所内の事で言いますと、大石が4月に出産し、その後育休に入りましたので、4月からは「初めて」の大石不在体制となりました。今までは、松田・小島・大石・石田・原、そして僕の6人で事務所を回していたのが、1月からは小島・大石・石田・原・僕の5人となり(松田が『非常勤』となりましたので)、そして4月からは小島・石田・原・僕の4人となったわけですから、時間的にも精神的にも、そしてその他諸々な事でかなりキツかったです。

 こうやって1年を振り返ってみますと、仕事のこと、事務所内のこと、町内のこと、家庭内のこと、そして『家』のこと、それら全てが「今まで通り」のことだけではなく、「初めて」のことをふんだんに盛り込んだ状態で一斉に押し寄せてやって来た、まさに『特別な』年だったなぁと、つくづく思います。僕一人ではとっくに押し潰されていたと思いますが(実際、何度も負けそうになっていましたし)、こうやって無事に新しい年を迎えられているのも、周りの色々な人に支えられたおかげだなと、心底思います。

 あと、「出来事」や「人」には波があり、今見ている状態、見えている様子で、こんな風になってしまったとか、こんな風に変わってしまったとか判断したりしない方がいいのではとも思い始めました。つまり、一旦保留にする、ということも大切なことなのかな、と。一旦保留にしておき、じっと待つことによってまた違う面が見えてきたり、元の状態に戻ってきたりすることも結構ある気がします。ただ、そうは言っても、保留にせずに即決しないと命取りになることもありますので、そこの見極めというのも大事になってきます。じゃあ結局どうしたらいいのってなりますね・・・う~む。

 まぁとりあえずは、この一旦保留にする、というのが、単なる逃避や先延ばしではなく、きちんとした考えのもとでそうしている、ということならアリなのかも!というぐらいにしておいて、その見極め等に関しては今後の課題とします。

 とにかく、令和6年の今年は、あまり大きな「初めて」が押し寄せてくることのない、落ち着いた年になってくれたらいいなぁと心から願っています!!! いや、まじで。


M-Times 2024.1

人工知能~地平線の向こう側~

 総務の石田です。師走ですね。この原稿を綴りながら、溜めに溜めた今年期限のタスク量に絶望しています。例えば大掃除の最中に、捨てるべき昔の漫画などを夜通し読み耽ることって、ありますでしょう。今回はそういうパターンのやつです。

 昨今、じわじわ身の回りへ浸透し始めた人工知能:AI技術。スマホは勿論、ちょっとお高い家電製品などにはもはや標準装備です。その本領に度肝を抜かれたのは、約1年前。2022年11月「Chat GPT」という会話型AIが無料公開されました。議論を吹っ掛けるのが大好きな私は、自分の得意分野を大人げなく叩きつけて、些細な間違いを指摘しては、AIに謝らせることでストレスを発散…もとい、AIに”正確な情報”という水を与え、育てるのに熱中しました。と、偉そうに言いますが、あくまで勝ち確の得意分野なので自信ありますし、なんならこっそりwikiで確認してから叩きつけてたり(弱)。

 さらに今年2023年には「人工知能アート」なる、画像生成AIが無料公開され、そのピカソ真っ青の奇天烈な作品群に、世界中の人々が抱腹し喝采し絶叫し鳥肌を立てました…皆様、もうご経験済みですか?まだという方は、ご案内しますので、ぜひその大掃除する手を止めて、一緒に楽しんでみましょう。

 ご紹介するのはStable Diffusion Onlineというサイトです。現在は、ここのAIエンジンを使った派生サイトも数多あり、大変高度な画像が生成可能です…が、そんな優秀に育ってしまったAIなんかより、やはりハズレなく笑いが欲しい時は原点に戻るべきです。久しぶりにお気に入りから飛びますと、おや。バージョン2.1ですって…。お。入力欄も2個ありますよ?へ~。上は「Enter your prompt」下は「Enter a negative prompt」と我々を誘っております。とりま上の欄に「税理士法人 松田進税理士事務所」と入れてEnterキーをスターン!

人工知能~地平線の向こう側~

↓誰ですのん?全くちゃいますやん!(by荒木本人)

①こ、これは…!荒木さんぽいぞ。その額縁何すか?宇宙語?
②これも偽荒木さん。ややお疲れのご様子…。

人工知能~地平線の向こう側~

次に、上の欄を消し、下の欄へ同じく事務所名を入れてスターン!"negative"ネガティブという位ですから、さあ松田事務所の闇を曝け出せ!カモン!
③…え? ④はぁ…さては、近頃新築された荒木さん家(事務所HP:行雲流水 連載”「家」を建てる"参照)とそのご近所ですな。いやはや豪邸(※)です。羨ましい限りで、ネガティブの欠片も見当たらぬ。調べてみますと、"negative"はマイナス、"引く"という事らしい。つまり、上の欄のワードから、下の欄のワードに関するものを差し引くのですね。上は空欄でしたから、「⒳-松田事務所=③④の画像」というイメージです。つまり松田事務所の存在しない世界。先程生成した偽荒木氏が、仕事から解放され憩う場所と連想してみました。そうであって頂きたい。Mr. A hard day's nightですもんね(尊い)

↑※豪邸ちゃいます!(by荒木本人)

人工知能~地平線の向こう側~

さてnegative欄の意味を学んだところで、正しい用法を。差し当たり上に事務所名、下に「間違った日本語」と入れました。偽荒木氏が額縁に入れてまで主張している、その意味を探るぜ!
⑤昭和のあくどい工場長でしょうか。東映やくざ映画のモブキャラぽい。
⑥おお!?男前さん来ましたね。有能そうです。荒木さんと小島さんを足して割ったような…と、下へスクロールして行くと顎ぉ!(絶叫)これ、奥歯ですか?奥歯に物が挟まったどころか、奥歯を丸出しに見せつける。こちとら遠慮とは無縁だぜ!みたいな。安心して下さい。こんなヤバイ職員は当事務所には在籍しておりません。

肝心の目的、偽荒木氏の主張が行方不明でしたが、原稿チェック担当の荒木さん(本物)より赤字のツッコミあり。たぶんこれだわ(笑)

人工知能~地平線の向こう側~

ラスト。AIにはギリギリを攻めていくポリシーのある私。上下両方ともに事務所名を入れます。人工知能は我々に何を見せてくれるのでしょう?色即是空ッ!ッターン!
⑦落ちぶれた…。豪邸からこうなるか。
⑧あ、病んだ…。しかし、正に人工知能アートの名にふさわしい芸術性。深い。矛盾する命題を抱えて心を病んでしまった男が、描く自画像でしょうか。まさかのAIゴッホを生成してしまった。おお神よ!彼を~救いたまえ~wow♪(Ⓒチャンピオン アリス)
⑨もう限界です。お祓いに行きましょう…だが祈りもむなしく…
⑩おらは死んじまっただ~♪天国へ行っただ~♪雲の階段を上る途中の景色かしらん(涙)なんつって大丈夫。安心して下さい。最後は畑のど真ん中で生き返りますので(^^)v(Ⓒ帰ってきたヨッパライ ザ・フォーク・クルセダーズ)

表題の「地平線」。実は人工知能に懸念されていた「技術的特異点」に関する事も語りたかったのですが、画像が面白過ぎて完全に置き忘れました。もしかしたら次回に続くかもしれません。ちなみに、画像は一度の作成で4枚生成してくれます。4コマ漫画風に読み解くと暇つぶしに最適…って師走でしたね…。